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村長日誌(2000年)
★12月19日

12月16日に,ついに五人囃子旅立ち最終公演を、群馬県勢多郡大間々町の”ながめ余興場”という昔からある、但し改装されている芝居小屋で行いました。とてもいい公演が出来ました。
実はなぜ解散するのかという声がかなりありました。端的にいえば、二つの理由があります。
ひとつは五人全員が揃って、五人囃子を続けたいという意志がないからです。続けたい人もいれば、そうでない人もいる。
もうひとつの理由は、国際サーカス村の次のステップであるサーカス学校設立にむけて、ここ一番頑張らなければならず、抜けるメンバーの代わりを育てる力まではないということです。
五人囃子解散を惜しむ声の中には、群馬県でここまで有名になったグループであるがゆえに解散をもったいないという意見もあります。
つまり東村の 広告塔の商品価値をもったいながる声です。分かりますが、もしもこの2年間の間に、次の目的であるサーカス学校の見通しが構築できていれば、あるいは例えメンバーが抜けても、新しい五人囃子を、その学校開設のプロセスの中で育てることは可能だったかもしれません。
これは例えです。
但し、物事は全てプロセスがあります。五人囃子の公演は 公演前に約一週間の訓練をしていました。そして得るお金は個人では2万円前後です。協会としてはその間の資料館の経費ぐらいしか出ません。この繰返しです。そうした条件の中で活動を続けていくのは、簡単なことではありません。
これらを無視して、人気が出てきたからというだけで判断されるのは、いわばマスコミ・タレント育成というレベルのモノの見方です。同じレベルで考えるならば、そもそも五人囃子を育てること自体ありえないのです。サーカス学校もできないでしょう。さらにいえば資金力がなければ出来ないでしょう。
その論理からいえば、地方から文化は起こりえないのです。
五人囃子は、いわばその挑戦です。
サーカス学校もその挑戦です。
そして五人囃子の経験を踏まえて、どのようにやっていけばサーカス学校を維持しそこでアーティストを育てていけるか、そこでいろいろ試行錯誤するのが、地方からなにかができるか、それを問いつづけることだろうと思います。
このほかにも、問題は山のようにあります。
その多くは,今やいかに多くの事柄が、自分たちの考えではなく、一般論で語られ処理されているかです。その一般論・常識、大勢の意見に疑問をもち、本当にそれでいいのかを自分で確かめていかなければならないと思います。 例え今常識でも明日は変わるかもしれません。その時、当時は常識だったからといっても、それが誤っていたら、その責任は、常識だよといったその人にも 確かに存在するのです。

★12月4日

今日は12月4日。すっかりご無沙汰してしまいました。この間、12月1日には 五人囃子の桐生公演があり、残すところ、16日の旅立つ最終公演をのみとなり ました。
五人囃子が年内で解散する事を惜しむ声も多いのですが、いくつかの 理由があり、ここは思い切って解散することになりました。なんと言っても、一番大きなポイントは、2001年9月にサーカス学校を開校したいからに他なり ません。
勢多郡東村で廃校になる小学校をサーカス学校にというプランを私は 五人囃子たちあげ以前から村に語りかけているのですが、残念ながら、まだ、 村は受け入れるかどうかを審議してくれません。
それは廃校になる小学校のあ る沢入地区からサーカス学校をやりたいという意見が出てこないからというこ とであり、その沢入地区ではまだ小学校を使っているので、あまり騒いでもい けないとのことなのです。
でも、私にしてみれば、もう何年も前からサーカス 学校をと叫んでいるので、ここへ来て、まだ結論が出ないというのは、なんともやりきれない気持ちです。
とにかく、今後も沢入地区、東村にはなんとか早く受け入れるか否かの結論 を出してくれるようお願いするつもりですが、サーカス学校を作ることの意義を、是非、皆様から東村にお伝えください。
東村役場の住所は、下記のとおりです。

〒376-0307
群馬県勢多郡東村花輪205
東村役場 高畑 彰 村長

★11月5日

もたもたしている間に、ドンドン日が立ってしまいました。実はもう中国から はだいぶ前に帰国。10月23日でした。そしてすでに今日は11月5日です。
で、中国の雑技大会 は例によってものすごいものがありました。あまりすごいので、どこかもうつ いていけないや、といった気分になるのですが、今回見た中で成都軍区雑技団のコント−ションの女性は本当に凄くて、そのやわらかい身体は今まで僕が見 たもののなかで、もっとも凄い柔軟性を持っていました。
こんなによく身体のしなる人がいるのかといった印象でした。
日本に呼べる機会があればと思いましたが、彼女はこの大会の後、すぐにドイツへ行くとかで、どうやら、今一番 早く中国のショーを招聘しているのは、ドイツのようです。
そのことは、この大会を取材にきていたドイツのサーカス雑誌のヘルムート氏も言っていました。
ところで、偶然といえば、あまりにも偶然、わが友ギー・カロンに北京空港 でばったり。つい奇声を上げてしまいました。
ギーは、今アメリカツアー中のドラリオンを演出。それにはたくさんの中国人アーティストが参加しているので、中国の大会に来るのは当然といえば当然なのですが、ともかくいろいろと話しが出来ました。

★10月12日

しばらくぶりでした。あれこれしている内に、ドンドン日がたってしまいました。
明日13日から、中国は呼和浩特(内蒙古自治区)と、大連にいってきます。 呼和浩特は仕事、大連は第4回中国全国雑技大会の見学です。
ちなみにこの後、 11月にはいると、武漢で国際雑技大会もあります。
さて、ダンスフェスティバルは、9月24日に無事終了しました。
大野慶人さんと組んだ作品は、かなりの出来だったようで、日下四郎さんという舞踊評論家から下記のようなお褒めの言葉を頂きました。この批評をバネに次のステップに 行きたいと考えています。
ということで、その文章をここに紹介させてもらおうと思います。いささか自慢ぽくなるのですが、評価をいかに受け止めるかという ことも大切なので、紹介してしまいます。
”トリを受け持った大野慶応人×西田敬一の宴は、今開催中のオリンピックでは ないが、堂々メダル入賞もの。それは大野が今回ソロではなく、振付け者として 外へ回ったことが第一の勝因ではなかったか。技法の点から見てここにはいわゆる舞踏(ブト−)のテクニックとして考えられるあらゆる表現が、惜しげもなく 使用され、展示されているのだ。
それをまた公募した11名のパフォーマー(菊地 淳子、仲野恵子、栗山基子、鈴木耕一、藤本和琴、芳賀弓、小林由佳、西山馬来、 祖父江洋子、高槻三奈子,牧野隆二)が、みなよく消化し踊っている。
ある意味で慶人は今回父一雄から独立したかもしれないと思う。そしてそれを生み出した西田演出の努力にも、この際忘れずに敬意を表しておく必要があるだろう”
今回の作品作りは、正直、どんな風にまとめうるのか、やりながらしか考えら れなかったのは事実です。
しかしなんとかまとめることが出来たのは、東村での 合宿できたことが、大きな理由の一つだろうと思います。一週間というのは、決して長い時間ではないけれでも、それだけでも出来たことは、良かった。
という か、集中して物を作ることがなさ過ぎるのではないかとも思います。五人囃子は 三ヶ月の合宿を行ったわけだけれども、今回のそれなりの成功からしても、集中した時間を持つことの大切さを改めて実感した次第です。

★9月21日

ダンスフェスティバルは佳境に入っています。昨夜、大野一雄大先生がお見えになって、なんと終演後、ありがとう、ブラボーと席から叫ばれたのであります。
そして、その後、"どうやって作ったの?"と、お尋ねになられたのであります。
えへへー、これ、もう自慢しちゃうもんね。
この作品の計画は、とりあえずはシアターX(カイ)ダンスフェスティバルの参加作品として作り上げることにあったわけだけれども、国際サーカス村協会の一員としてオーディション組を大野慶人先生とコンビを組んで、演出するという、チャンスをもらった以上、これを有効に生かし、まずはなんとか見せれる舞台を、もしそれを発展できれば、さらにその先に、と考えていたのですが、大先生がブラボーと叫んでくださったのだから、これはもう、イケイケ、ドンドンの気分であります。
今回のこのまれに見る成功は、参加メンバーのやる気や東村での合宿がでたこと、音楽の毛利さんが合宿に参加し、その場で音楽を作ってくれるなど、さまざまな要因が実に見事に結びついた結果。このもの作り、創作活動の方法をしっかりと、理解しておく必要があるにちがいないのです。

★9月5日

約10日間最新情報の更新ができませんでした。実は8月20日からサーカス村サーカス資料館に宿泊し、同じく東村の研修センターに21日から寝泊りを始めた11名の男女のダンサーと、9月下旬に行われる第四回インターナショナルダンスフェステイバルに参加するダンス作品の制作に取り組んでいて、この情報を書く時間を作り出すことができなかったのです。
思うに今回はなかなか面白いものができたように思います。と同時になかなかいい合宿ができたとも思います。もちろん、毎日各自の創作、訓練、食事、洗濯と、一日にやることがたくさんあり、遊んでいる暇はなく、それなりの厳しさがあったかと思います。
僕としては、こうした創作活動をやりながら、当然のことながら、さらにひとつ上の創作活動のあり方を追求しています。それがサーカス学校への道だと考えているからです。
今日、5日は宮城県の石巻市にいます。一連の宮城県おやこ劇場子ども劇場が主催してくださった五人囃子の、今日は最終日です。今回、檀上花子に代わって、本格的に飯田志保がデビューします。
五人囃子の活動は順次報告していきますが、とりあえずは、今回の評判が気になるところです。

★8月25日

昨夜、サーカス文化の会の月例会がありました。そこで、コメディの作品を作るにも台本が必要であることが、話の中に出てきました。プラコメの出演者は、皆、台本を書いているのでしょうか。

★8月24日

さて9月になると、シアターXでインターナショナル・ダンスフェスティバル2000が始まります。
サーカスに関係ないといえばそれまでですが、僕としては、このフェスに参加することで、五人囃子とは違った、新しい創作方法にチャレンジできないものかなと考えています。約10名の参加者と一緒に、8月28日から一週間の合宿を東村で行いたいと考えています。
このフェスは実は、課題があって、ハンガリーのレンジェルという作家がパントマイムのために書いた「中国の不思議な役人」という作品から、作品を作らなければなりません。このパントマイムのためというところに、僕がひっかかっているのも事実です。
追って合宿の様子も、ここで報告するつもりですが、興味のある方はご連絡ください。チラシをお送りいたします。

★8月23日

リトルワールドで公演していた上海魔術の公演は、無事に8月20日に終了しました。皆さんは8月22日に帰国。ちょっと肩の荷が下りたところです。評判はとてもよかった、サーカスよりもいいという人がいて、サーカス男の僕としては、ちょっぴり、苦いお褒めの言葉でした。
しかしそれはそれとして今回の公演で、野外でのマジック公演のやり方というものをひとつ学んだように思います。今後、このような公演をできるだけ、提案していきたいと考えています。ぜひ、ここへ提案してみてはどうかという場所、あるいはスポンサーがいらっしゃったら、ご紹介ください。

★某月某日

サルティンバンコの取材ツアーで、去る8月上旬、2泊4日の日程でシアトルに行ってきました。
そのうち、週刊朝日のグラビアに紹介されると思います。で、個人的なことなのですが、この時、あのディミトリーのマスカラーダ公演に参加していたジプシーにあいました。
彼女は、このサルティンバンコのショーに出ていたのです。
シルクで働くかもしれないとは聞いていたのですが、実際に舞台を見ていて、ジプシーはいるのかなと思いつつも発見できなかったので、食堂で彼女を見たときはホントにびっくり。彼女もびっくりで、思わず抱き合って大声でワイワイ。周囲の人達もあきれていたという次第です。彼女は、10月1日来日予定です。

★7月25日

サーカス村作りの大きな目標のひとつはサーカス学校の開設です。
でもこれがなかなかの道程なのです。
なにしろお金があって、それ作ってしまえというのではなく、様々な協力を仰ぎながら。ジワシワ進めるしか方法がないと思われるので、そのためには、サ一カス学校がどのようなアーティストの養成を目指しているかを、少しでも多くの人々に理解してもらう必要があるからです。
持に、サ一カス字校を作ろうと思っている東村の人々に理解してもらいたいのですが、なにしろ、サ一カス学校によって村にお金が落ちるのではなく、反対に、村の施設やお金をこの文化事業に使わせてもらえませんがというのですから、話は簡単に進まないのです。
今、サ一カス学校設立に向けての活動は、ひとつは、サーカス村養成した女性クラウングループ「五人囃子」の公演話動です。
「五人囃子」は、サーカス学校設立前の、サーカス学校生まれのアーティストといった側面を持っていますので、彼女たちの公演は、サーカス学校設立のための鼓笛隊の演奏のような活動でもあるわけです。
もうひとつ、今、実現できないかと考えているのは、2001年の夏、東村にフランスはシャロンにある国立サーカス学校の生徒たち数名とアクロバットの先生を呼んで、サーカス学校のデモンストレーション&ワークショップができないかということです。
これは、実は、かなり実現性が高いのです。
具体的になりましたら、また、報告させていただきます。
というわけで、みなさまのご協力を切ににお願いする次第です。

★某月某日

ダァワズこそサーカスの原点
今,最も皆に見せたいと願っているのは、中国のウイグル族のダァワズという芸です。これは、今もウイグル族のお祭りなどで演じられる民族芸ですが、高さ約20メートルの鉄塔の上から斜めにはった太い綱の上を歩いていき、途中で様々な芸を見せるというものです。
写真は、1997年10月に、犬山市のリトルワールドで、公演したときのものです。このアーティストはアディリさんで、彼は同年6月に、あの長江(揚子江)に掛けられた、長さ640メートルのワイヤーを、わずか14分弱で渡り、以前カナダ人が作った約53分という記録を大幅に塗り替えて、驚くべきギネス記録を樹立しました。
とにかくどんな高いところでも、ロープ、あるいはワイヤーを掛けられ,それを固定できればスイスイと渡ってしまう彼の芸をぜひ見せたいものです。
彼の芸,そしてウイグルのサーカスのショーを演出して公演したいというのが、今や僕の最もやって見たいショーなのです。
ダァワズはサーカス芸の原点とも言えるショーなのです。今まで犬山市のリトルワールドで公演したことがあります。

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