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村長日誌(2001年2月)
★2月28日

やったー! やったー!であります。ついに、沢入小学校のある沢入地区の、沢入地区のことを考える会である"ふるさと沢入21"の人びとがサーカス学校として沢入小学校の一部を活用することに賛成してくれました。
これで一番の難関を突破したことになります。
今後、沢入・草木地区の評議員会議で決済され、村にサーカス学校受け入れの意見書が提出されます。
その後、議会の採決がおこなわれるわけですが、地区の意見として、提出されるので、議会で否決されることは、まず、ないと思います。それまでは、辛抱強く待つ必要があるのですが、とにかく、これで目安が立ちました。
10日間の胃痛がスーと消えていくような気分です。
もちろん、これから資金集めなど、まだまだ問題は山積ですが、これからも"クソ力"で頑張ります。
で、用意していたメセナのための資料も印刷に回します。一週間ぐらいで刷りあがります。 さあ、あそこにいけとか、あっちで応援してくれるかもしれないぞ、という情報をドシドシお寄せください。
今日は、とにかくガンガン飲むぞ、といいたいのですが、明日、検診日。今晩8時以降は、食事もダメなのであります。
ああ〜、明日の夜が待ちどうしい、ぞな、もし。

★2月26日

しばらく、日記が途絶えて申し訳ありません。じっと、東村の連絡を待っているのです。つまり、まだ、連絡がないということです。ウクライナツアーでも、いろいろ待たされたけど、う〜。
返事待ちで、胃がきりきりと痛んでいるのですが、これ以上、せかすことはできない心境です。
苦しいな。なぜ、このような苦しみを味わわなければならないかと思うと、理不尽な気にもなるのですが、仕方ないのでしう。とにかく、もう少し、連絡を待つつもりです。
このように壁にぶち当たると、先のことは考えられないものです。しかし、といって 、どこかで現状を打開しなければいけないので、あれこれ考えています。
例のメセナ支援依頼書ですが、こちらも印刷前でストップさせています。というのも、東村の現状を今ひとつつかんでから、それに応じて、必要なところは書き直してから印刷したいと考えているからです。
ということで、もう少し、待っていてください。

★2月15日

今週は寒いですね。先日、東村にいったとき、おもしろがって、草木湖の山側の道路をはしったのですが、日陰の道路では残雪が凍っていて、スタットレスタイヤでも、時々、滑っていました。ここ数日、東村はバッチリ、冷え込んでいることでしょう。
雪といえば、最近読んでいる本で、赤塚不二夫の対談集に、これでいいのだの赤塚天才とタモリが雪の中、真っ裸で、お尻の穴にロウソクさして、遊んでいる話がありました。わたくし、なにを隠そう、こうゆうの大好きなのです。
さて、サーカス学校は、沢入の村びとの返事待ちと報告していますが、ぶらぶらしているわけにもいかず、このあいだに、"メセナご支援のお願い"という資料を作りました。100ページほどのもので、多くはサーカス村、五人囃子のプレスなのですが、ご希望の方には、なんと有料でお分けしようと考えています。
但し、まだ印刷単価が出ていませんので、おってお値段のほうはおしらせします。
で、わたくしの希望は、この資料をねかせてもらうことではなく、有効に利用してもらいたい。つまり、メセナとして協力していただけそうなところに持ち込んで、よろしくお願いしますと、活動していただければ、ということであります。
一口10万円(年間)という設定になっていますので、勿論、個人として協力していただくのもいいのでありますし、たのめそうなところはあるけで、ご自分では説明できんぞ、という方は、どうぞ、ご連絡をお待ちしています。
わたくし、おっとり刀で駆けつけます。
いささかおふざけの日記になってしまいましたが、これも、バカボンの対談集のせい。
漢字がすくないのは、『中華思想の呪縛』という本のせいです。おゆるしあれ。

★2月9日

昨日、東村・草木の人びととサーカス学校の話し合いが行われました。
話し合いができたということは、それ自体、ひとつの前進なのですが、草木地区として、受け入れを承諾するとかいった結論はやはり出ませんでした。
ひとつには、今日始めて趣意書をもらい、すぐに返事ができないという意見ガ出ると、そこで話が止まってしまうのです。後は、西田が信用できるか、という気持ちを持っていらっしゃる方も多く、これまでの村での活動、五人囃子の活動などはあまり評価されず、地区の人びととの話し合いが少なすぎるということになってしまいました。
ぼくとしては、何回も話し合いの機会を作ってくれ、趣意書を作る前に皆と話し合って、趣意書そのものを作りたいとお願いしていたので、なんとも歯がゆい思いに駆られるのですが、それは今更述べても仕方のないことなので、とにかくできるだけの説明をさせてもらいました。
次にどのような会合を持てるか分かりませんが、資金のことも考えないといけないので、これからは9月開校予定で少しでも多くの資金を確保していきたい、その活動に力を注いでいこうと考えています。
基本は、企業メセナで行きたいと考えています。
一口年間10万円として、できれば一年ではなく4,5年連続して支援してくれる企業を探そうと思います。
ぜひ、ご理解のある企業をご存知でしたら、お教えください。

★2月5日

2月3日、モスクワに1日滞在し、キエフから戻りました。
1月25日に、モスクワ経由キエフ入りしたのですが、キエフにいる一週間は暖かく、手袋は必要ありませんでした。
但し、滞在中、2日間は霧の中。その間、やってくる予定だった吉本興業の田中さん一行は、キエフ飛行場に降りれず、五人囃子には想い出の土地といいますか、あの"神のみぞ知る"の発言で私たちを唖然とさせた、アナトリーの町リボフへ飛んでしまい、そこからの飛行機もなかなか飛び立たず、ついには600キロタクシーを飛ばすことになってしまいました。
ところで、五人囃子のよっちゃんは元気に学校に通っていました。但し、あちこち痛い痛いと泣いていました。
それと、やはり食事には泣かされているようです。で、私は味噌2キログラム他、約5キロの日本食材を運ばされたわけです。
さて、今回のキエフ行きの目標である、日本・ウクライナ共同制作”クラウン・タミラ”については、本人のタミラ、演出家のクリューコフ、それに舞台美術のアントン青年と3回ほど、打合せができ、具体的な作り方について話し合いができました。
また、サーカス学校に先生として来てもらいたい、アクロバットのいい先生も見つかり、こちらも、成果を得ることができました。
その他、サーカス学校卒業生、学生のオーディションも上手くいき(こちらはビジネスですが)、とりあえずはホッとして、帰国できました。
2月8日、沢入小学校区の沢入ともうひとつの地区である草木の人々との話し合いがあります。 これで、基本的には、地区の説明は終了すると思います。
2月中旬までには、地区としての結論をいただけることになっていますので、結果が楽しみです。

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