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村長日誌(2001年5月)
★5月8日

気がつけば、5月も8日を数えています。
何人かのサーカス学校入校希望の方が現れて,嬉しい限りです。
村との折衝は、まだいろいろな問題がありますが、とにかく開校しますので、ぜひ,周囲の方々に情報提供してください。
今日は、そのサーカス学校のややこしいことは書きません。
愚痴になったり、腹を立てたりするのはが、時にはお休みしたいものです。
さて、3日リトル,4日大阪BPズ-ムと駆け回わり、5日は東京で中国天津雑技団の団長侯泉根先生に会っていました。
先生は,天津雑技団の団員を率いて,鬼怒川温泉のオサヤ(?)ホテルに公演にきたのですが、そのついでに,わたしとの親交を暖めようというのではなく、ある素晴らしい話しを持ってきてくれました。
その話というのは、今年の11月15日から一週間、天津市で、国際クラウン大会を開催するというものです。
そして、日本人の誰かを推薦してもらいたい、わたしに審査委員の一人になってもらいたいというものでした。勿論,喜んで引き受けました。
このような栄誉ある申し出で受けるのは身に余ることですが、それ以上に,昨年行った”すみだの春国際フール祭”が中国で評価され、その延長で、今回の話がきたということが、実はとても嬉しいことなのです。
すみだの春国際フール祭は大赤字で、今年は見送らざるえなかったのですが、何とか復活しなければならないものです。
このような企画が世界のフール祭、あるいはクラウン,マイム大会などと交流しあい、そこに日本人のアーティストもどんどん参加出来るようになる、というのが、わたしたちの望んでいることであり、それこそがこれからの時代の文化のありようだと思うのです。
昨年のフール祭はそこまで視野にいれていたのですが、それを十分に情報化できませんでした。
情報化できなかった理由は、それを話題にするほど、フール祭そのものを運営できなかったからです。
なぜ,運営できなかったか。
十分な資金が集まらず、アーティストの世話などで、ACCのメンバーなどスタッフが手一杯だったからです。
しかし,これも今後の過程を考えれば,なんとしてでもやっておかなければならない企画だったのです。
企画というよりも、運動の一環と見なしてもらいたいと思います。
それは、公の機関や商業ベースで行われるものではなく、あくまでも文化・芸術に関わる人々が、知恵を絞り必要だと考えて行う活動だと思います。
というわけで、もしも,この天津クラウン大会にチャレンジして見たい人は、至急,わたしのところ(ACCのほう)にビデオテープと芸暦書を送ってください。
勿論,これはあくまで参加希望の資料を先方に送るだけで、ビデオを送ったからといって,参加できるわけではありません。
参加できるようになれば,ギャラは出ませんが,渡航費や中国でのホテル代は出ます。
ということで、今日は楽しいニュースを書き込むことが出来ました。アイ アム ハッピー!!

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