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村長日誌(2003年1,2,3月)
★3月19日

サーカス学校は、3月17日に、2年目後期授業を再開。
といっても、ナジェイジダ先生の飛行機が一日遅れ、18日から授業再開となった。新人の4人は揃いましたが、バイトの関係、ただの怠け者など、5人が遅れている。
ボチボチ、厳しくいていこうかと、考えている。
さる17日深夜、ぼくが世話になっていた旧関根サーカスの渋谷茂明団長が脳溢血で倒れ、三カ日後に亡くなり、かなりショックを受ける。団長との出会いがなければ、いまサーカスに生きてる自分はいないので、いろいろと考える。
サーカス学校の生徒たちといつか、サーカスショーを作り、団長に見てもらう。その後、団長に参加してもらい、ツアーを行うという夢は、ここに潰えたことになる。別の夢、別の計画をたてなければならない。
サーカス村、サーカス学校の活動はいうまでもなくその結果がすべてということではない。
むしろ、日々のプロセスが大切であり、日々のプロセスが大切ということは、どのような歴史を刻むかであり、歴史を刻むというのは、常に歴史を振り返かえることであり、繰返し歴史を読み直すことによって、未来の、明日の活動の方向を見定めることに気がつき始めている。
いわゆる批評活動も、常にそれぞれの活動や運動の歴史を読み直す作業の中で行われなければならないと思う。
プロセスに注目しない批評の多くが、流行ものの優劣をきめるような文章になっているのは、文化を常に消費しつづけなければならない、文化・芸術ビジネスの好都合であるからだ、という原理原則を見定め、そのような批評に利用されない活動をぼくらは常に求めつづけなければならないだろう。

★3月14日

火曜日から東村入り。昨日、長野の香山ひろみ、東村入り。彼女にはナジェイダ先生のところに同居。
で、その先生の家の、湯沸器が凍結していて、ぶっ壊れてしまい、またまたえらい散財。
ひろみさんは、お母さんと妹と一緒で、お母さんと妹は、2,3日滞在。今日は、先生の家の破れた障子を張り替えてくれました。
明日は、桐生工業高校卒の森田君とポップサーカスの堤君が入村予定。だんだん忙しくなる。
ぼくは、資料館でウイグルサーカス公演の準備などに追われている日々。
その他にも、いろいろと。例のよって自分で自分の首を絞める忙しさにあたふた。今日は、資料館の庭に、昔、運んでもらった石垣の石を運んでいる時に、右手に中指の皮を少しばかり、剥いてしまい、パソコンを打つのに、中指が使えず、苦労しています。
まあ、今日はこんなところで。

★2月25日

先日(21日)、後楽園にボリショイサーカスを見に行ってきました。
平日にも関わらず,立ち見の大盛況。まあ、お直り席の一部は空いていましたが。
というよりも、あそこはいつも、指定席をとらないと,片隅にしかすわれず、ちょっと、変だなと感じる人がいるに違いない席決めをしているので、仕方ないのかもしれません。招待券をたくさん発行して、お直りで稼ぐというのが、日本のサーカス興行の一般的な手法になっているのです。
本当のサーカス・ファンにとっては、入場券だけで,そこそこの席に座れないというのはちょっと辛いですよね。
さて、中味です。動物が多いのは、ひとつには、後楽園のサーカスは、子ども、ファミリーを対象にしていること、二つ目には、動物のサーカスものがなかなか見れなくなっていることを考えてのことです。
シルク・ドゥ・ソレイユは動物を使いません。最初は、新興サーカスとして動物を取り入れるまでの余裕がなかったからでしょうが、いまではそのことは口にせず、全体を秒刻みで演出する上で、動物のショーはそこまでコントロールすることが出来ないので、とシルク側の発言は変ってきています。
でも、ぼくはそろそろ、動物を入れたショーもつくるのではないかと予測しています。
今回のボリショイには、熊、犬、鳩、象、馬などが登場しました。
ジキドは当然のことながら、象もなかなか見ごたえがありました。
ぼくは象の手入れがものすごく良いのに関心していたのですが。一本足で、台の上でバランスをとる芸をみて、関節炎にならないのかしらと心配している人がいました。確かに。
他の芸のなかでは、大一丁ブランコが魅力的でしたね。男女ペアの演技は、創作的でなかなか良かった。
もうひとつ、全体がとてもスピーディに展開しているのが良かったですね。

  
★2月13日

このところ東村で作業中。
といって、こまごまとしたことをやっており、まとまった発展はなし。
ウイグルのコントーションの台を、わらべ工房に発注したものが出来上がってきました。
ちょっと割高になってしまったかなと思っていますが、できるかぎり、地元への発注をかんがえているので仕方ないかな。
今回のウイグル公演は色々な意味で、これまでぼくが関わってきたサーカス公演を省みながら準備していこうと思っている。
いやサーカス公演に限らず、サーカスそのものついても考え直してみる機会になるので、そのあたりのこともできれば、まとめてみたいと思っている。
できるか出来ないかは別にして、チャレンジするのもいいのではないか。

  
★2月3日

いやー、くたびれました。
ウイグル団長とアブドラキリムさんと、一週間の劇場周り。劇場周りで3日間は事務局長の関口さんが車を運転してくれたので大助かり。通訳は王健くんが買って出てくれて。助かりました。
しかし、経費節約のため、サーカス資料館泊まり。
ウイグルの人たちもご飯を作ってくれたのですが、まあ、ぼくの仕事。
最後の日は、秋葉原と錦糸町で買い物。
なんともお疲れでした。
予定の12劇場は、それぞれに問題があるにしろ、ワイヤーを張るために、あれこれ方法を考え、納得してもらって行く。
まだ,未解決の問題もあり。
予備の劇場では、すのこ作業禁止というところもあり、劇場が管理の視点から、劇場機能を放棄してしまっているところもあり、なんとも嘆かわしい次第。
そんな状況で、芸術ウンヌンするのもいかがなものかと、ひとり、サーカス公演に関係なくうめいていたのも疲れた原因かもしれません。
自分なりに論理化できないのがもどかしいですが、文化、芸術に関わる人びとは、もっともっと根源的なところから問題提起しないといけないような気がします。
今回の劇場でのサーカス公演は、いかにサーカス公演が劇場で可能かを自分なりのテーマにしてチャレンジしているのですが、管理という化け物と戦わなければならないのは、なんとも息苦しくものです。
バブルの時にお金をかけて、立派なハコを作った。そのハコが痛むことを恐れていて、荒々しい公演はそれを拒む。
それも現場に、破損の責任が押し付けられているから、若いスタッフはたただひたすら危険なこと、モノが壊れそうなことは拒む。
悲しい現場,現状です。このままでいいわけないじゃないですか。
スペースシャトルだって、空中分解するのです。この世に、完全はないのです。
劇場は、もちろん、壊すためにあるのではないし、自壊するためにあるのでもありません。
であればこそ、より多くの人びとに開かれたものであり、そこでさまざまな公演、催しが行われ、活用されてこそ、生きた劇場といえるのではないでしょうか。なんてことを考えて、ますます疲れたのであります。

  
★1月30日

只今、群馬県下の劇場を、ウイグル雑技団の団長とハイワイヤーのリーダー、キリムと一緒に回っています。本日まで、9劇場を視察。
ハイワイヤーが掛けられるか、ひとつひとつの劇場と交渉しています。
劇場側にとっても初めてのことなのでいろいろ気になるところが出てきます。
それをひとつひとつ説得して回っているわけです。土曜日まで、この作業を続けて、お二人は日曜日に帰国。
どこにも連れて行けない状況です。
まあ、仕事ですからということですが、ちょっぴり気がとがめもします。しかし、オール自主の興行、お金の心配もしなければなりません。
冷や汗かきながらの日々です。
通訳には、我らが王健に登場してもらっています。
王健は、河北省雑技団のローリングバランスのアクターでした。
彼がまだ、14,5歳の時からの知合いで、最初は、市川にあったカーニバルプラザで公演してもらいました。
今、彼には、一歳の子どもがいます。あちこちで活躍しています。
また、自分で、アクロバット&ダンスの公演ができないかといろいろ考えています。
その王健に通訳してもらい、団長らといろいろ話をしています。
とにかく、ウイグルの民族色豊かな芸をみせようと。
といってダンスや民族舞踊、楽器演奏、歌などを挿入するつもりありません。
あくまで、雑技を、彼らのアクロバット・アートを見てもらうつもりです。
シンプルに、力強く、サーカスの生命力がテーマです。その感覚を伝えるためにも、僕はハイワイヤー、タワァズと呼ばれる、ウイグルの民俗芸能から生まれたハイワイヤーのアクとは欠かせないと思っています。
劇場が、この演技の場を提供してくれることを願っているのです。

★1月24日

いよいよ、27日に、ウイグルから団長さんとハイワイヤーのクリムさんが来日します。
群馬県下13の会場を見てまわり、あのウイグルのハイワイヤーが掛けられるかチェックしてもらうのです。なにしろ、日本の劇場の床にはアンカーが用意されていません。
ですから、劇場で空中ブランコやハイワイヤーを張るのは、難問中の難問なんです。
でも、それを何とかクリアしたいというのが、サーカスおじさんのぼくの希望のひとつなんです。サーカスというのは、人間が極限を目指して頑張るわけですが、実は裏方さんも、芸をなんとか見せよう、完成させようとして頑張るものなのです。
ぼくがあれこれ頑張るというのもそうゆうわけなんですね。なんとか目的を達成しようとする、まあ、極めて人間的なことで、それをやろうとする、それがサーカス人の生き方なんだとぼくは、思っているんです。それでは、視察後の報告を、楽しみに待っていてください。

★1月12日

金曜日からサーカス村に。高崎で、ウイグルのポスターのデザインを見せてもらう。なかなかいい出来です。
但し、文字原稿の最終を出せないので、印刷にかけるのは、もう少し先になる。土曜日には、鉄パイプで、ワイヤー渡りの道具作りを試みたけれど、上手くいかず。ちょっと時間がかかりそうだ。
午後、桐生に。桐生で、フィットネスクラブカルチャア教室をミックスしたようなスタジオパティオンを運営している篠原さんのところへ。ビデオを2台プレゼントしてもらう。
サーカス学校では、さいたまの鳥本氏がひとり、シフォンの研究。
夜、関口さんと飲む。
12日は、学校の整理。教材室の教材類を、ついに別校舎に移動。
明日は、教材質を掃除し、ここにガラクタを運び込む予定。まだまだ片付かぬが、まあ、身体を動かして、モノを動かしていれば、その内、何とかなるだろうといった気分。
5時半まで働いて、国民宿舎サンレイク草木の露天風呂に。

★1月9日

7日、横浜みなとみらい21に、キグレサーカスを見に行ってきました。
なんと、ブルーとイエローの真新しいテントです。みなとみらいの強風と新年に合わせて、新調したようです。日本製です。
木下、ポップが輸入ものですから、国産はキグレだけになってしまいました。これも時代の流れでしょうか。
シャムシュール一家の熊の芸は変わらず、楽しく、見ごたえがあります。
この場所で上がるそうですので、まだ見ていない人は、ぜひ、覗いてください。
全体的にいいますと、全半は小動物の演目が続くので、いわゆるサーカス・アクトを期待する向きには、ちょっと物足りなく思えるのですが、子どもたちの気持ちをひきつけるには、上手く構成された”つかみ”の演出ともいえます。
後半は、カンスー(ハイワイヤー)、跳ねだし梯子、空中ブランコなど、見ごたえのある番組が揃っています。
フィナーレは一丁ブランコ、ダンス、ジャグリング、玉乗りなどをショーアップして演出しています。これがなかなかファンタジックで、また見たいなという気持ちにさせてくれます。
ヤダー、もう一回みるんだあと、ダダをこねている子どもがいましたが、親としては辛いところでしょう。
僕は、10日、サーカス村に入ります。高崎で、ウイグルのチラシ制作をお願いしている石井デザイン事務所により、打ち合わせ。
その後、東村に。土曜日は、学校で後一日で終わると思われる教材の移動と、映像ルームに入れるビデオ、モニターを桐生の友人に相談。なにしろ、お金がない。ビデオ、余っている人、くださいな。
日曜日は、出来たら、練習用のワイヤーがセットできないかどうか検討。月曜日には、村の議会にでて、ウイグルサーカスの説明。東京に戻る予定。
さあ、2003年が始まるぞ。で、忙しくなると、日記がお留守になります。許してね。

★1月5日

明日、仕事始め。準備もあって、本日出社。年賀状を楽しく拝見。で、誰にだして誰に出し忘れたか、新年の悩みのひとつ。出したのにこないぞという人で、この村長日記を読んでいる人がいたら、ごめんなさい。
昨年暮れも押し迫って、モンゴルサーカスに勉強に行っていたブチ、アイアイらが無事、帰国。サーカス芸の習得以外にも色々と勉強になったようです。その内、詳しい報告を受けたいと思いますので、その折、またこの日記に書き込むことにしましょう。
ところで、皆様にはどんなお正月でしたか。僕は信じられないくらい静かなお正月。暮から昨日まで、自宅で本当にのんびりしていました。暮に、宿題は一杯持って帰ったのですが、ほとんど、なにもしませんでした。今年のウイグル群馬ツアーのことを考え、よし、この正月はじっとしておこうと思ったのです。明日6日から、一気にトップギアにいれて走るぞ、そんな気分になっていたのです。
年賀状のなかに、昨年のシアターX芸創のダンスのメンバーで、僕の不用意な発言で怒らせてしまった人がいます。その人から賀状がきました。その文面から、彼女が元気に踊っている様子が伝わってきました。良かった。僕には、素晴らしいお年玉になりました。じゅんちゃん、ありがとう。

★1月1日

明けましておめでとうございます。
アメリカがイラクに攻撃、つまり侵略という、戦争犯罪を犯すかもしれない年が明けたわけです。
21世紀は、戦力による暴力とテロ犯罪の世紀になるかもしれません。
ぼくらは、テロと国家暴力という、ふたつの、力に頼る世界に取り囲まれた世界で、それらにノーといいながら生きていかなければならないと思います。
ぼくらの活動の日々が、こうした暴力そのもの、それを認め支持する人々たちに対してノーの意志表示でありたいと思っています。
再三書いていますが、今年、ウイグルのサーカス団(雑技団)を招聘して、群馬県下一円で公演します。暮れには、宿舎として、大間々町の小さなホテルを全館借りる話がまとまりました。
公演のために、さまざまな準備をしていかなければなりません。
サーカス巡業で、次の場所の準備をする人のことを、先乗りといいますが、事務局長の関口さんと僕は、今正しく、その先乗りの仕事をしているのです。
先乗りの仕事、その世界は、まさしく、もうひとつのサーカスともいうべき世界です。この先乗りの仕事が、本体のサーカスがきて公演するショーの世界を支えているのです。
前節に書いているノーの意志表示もまた、ぼくらの日常からにじみ出てこなければならないと思います。
シアターXの芸術創造塾という活動をしていることも以前に書いていますが、そこに参加している人びとにこのノーのことを話したのですが、なかなか実感をもって受け止めてもらえません。
イージス艦の派遣が、日本もテロの対象国になることを自ら選んでしまったということも、なかなか実感を持って受け止めてもらえないようです。テロが日本で起らなければ、実感が湧かないのかもしれません。
だが恐ろしいのは、そのテロが起った時に、そのテロを攻撃する論調が、日本全国津々浦々、マスコミのよって流布されることです。
そのようになったら、その責任は、今、テロ対象国になっていることに自覚をもてない、僕ら自身に責任があることを、ここに明記しておきたいと思います。
ウイグルサーカス団の群馬県下一円の公演は、サーカスそのものを群馬県下の子どもたちに知ってもらいたいからです。
そして、その素晴らしい演技をみにつけるにはどれほどの訓練が必要か、それを、僕らのサーカス学校にくれば、見ることも体験することもできる、そのような状況を準備しているのが、僕らの協会であり、活動であることを、大人にも知ってもらいたいからです。それが、サーカス文化の継承と発展を願う活動であると。
新年を迎えて、かなり挑発的なことを書いてしまいました。
しかし、今はこのような状況にあると思います。
あるいは、実はもっと悪い状況になっているのかもしれません。僕程度の認識では、世界を少しも捉えていないのかもしれません。そうであっても、今は、群馬県下一円のウイグルツアーに全力を注ぐつもりです。
この一年というか、8月末まで、東村・サーカス資料館で寝起きして、このウイグルツアーを手伝ってみたい人は手をあげてください。
お金はでませんが。

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