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村長日誌(2003年7,8,9月)
★9月17日

9月に入って、暑い日々が続いていますが、冬は寒い東村。もうじきその寒い冬が来ると思うと、残暑も暑いなと感じるよりも、じきに寒くなるな、という気持ちになります。
14日深夜の日本テレビの反響が幾つか談話室に寄せられていますので、開いてみてください。僕個人メイルにもいくつか感想が寄せられています。反響はおおむね良いようです。
ただ番組のなかでは触れられていませんでしたが、ウクライナには堤君のほか、高村君が留学しました。彼のことが一言も触れられていなかったのは、彼には悪いことをしたかなという気がしています。このあたりが、テレビとの付き合いの難しいところです。番組の中で、木下サーカスの久保田勝行さんがおっしゃっていたように、サーカスのアーティストになるというのは生半可な努力でなれるものではありません。そのあたりは僕も気になるところで、ウクライナのサーカス学校にいったところで芸を覚えられると言うものでありません。ものすごい努力が要求されます。
果たして耐えられるか。高村君はジャグリングの腕は相当なものだし、ナジェイジダ先生から教えていただいたアクロバット技術もかなり習得しているので、あとはウクライナの生活になれることができるかどうかですが、堤君の場合は、空中ブランコの技術、アクロバットの技術の両方とも不十分です、それだけにそれらの習得に加えて、さらに生活と、すべてに耐えなくてはなりません。なんとか、それらに耐え、ブランコ乗りといえるアーティストになってもらいたいと願っています。
サーカス・アーティストと言える若者を生みだしたい、というのが、僕の切なる願いですが、その一方では、その夢を抱いてやってきた人の多くがサーカス・アーティストの夢を断念しなければならなくなる現実にも、僕は付き合わなければならないわけです。それは、すでにサーカス・アーティストである人々とショーを作るのとは違った苦しみがありますが、そのようにサーカスを諦めなければならない人びとを生み出すのも、サーカスです。それはまさしくサーカスがアートの世界であり、アートの世界では能力のないものは、そのアートで生活するわけにはいかないのです。
勿論、趣味でやるというのは別の話しです。そのあたりに誤解があり、例えばサーカス学校に入れば、どこかに就職できますか、という問いになったりします。
果たしてものになるかどうかわからないが、好きだからやってみたいという気持ちはとても大切だと思いますし、反対にすきだけどやっても見込みがないだろうと、早々と諦め、どこかに就職することだけを望んでいる姿をみるのは、それはそれで辛いものがあります。
なにやらいささか暗い話しになってしまいましたが、だからこそ、目指す世界で努力するのであれば、石にしがみついても、その世界で生きてゆけるようになって欲しいのです。

★9月11日

3日間のヘブンアーティスト審査会終了。
疲れました。このヘブンアーティストの審査については、いろいろ批判もあり。審査基準がわからんという意見もあり。
しかし、審査している人々が真剣に取り組んでいるのも事実。
それぞれが大道芸の向上、発展を望んでいるのは間違いないところだし、審査会ではかなり激しい意見が飛び交っているのも事実。それだけに審査の目が一段と厳しくなっているのも事実だ。それでいいと思う。
大道芸そのものが商品化し、実際に大道芸をやっていない人が合格したり、逆に、数多く大道芸を行っている人が落選したりしているのも事実だ。中にはただライセンスをとれば、営業に都合がいいという、商売人もいる。
そうしたところを厳格に審査することはできないが、審査会場での演技を見て、審査委員が真剣に判断しているのは事実であろう。
ある意味では、審査委員が知っているアーティストのほうが厳しく見られている側面もある。
もうひとつ、上をめざせよ、と言う訳であるそんななか、あるアーティストから真面目に審査して、と、声を掛けられた。正直、非常に腹が立った。
アーティストはそれぞれ自分が自身を持って望んでいるのだろうから、真剣に違いない。通ればもうけものと思っている人もいるだろう。審査するほうもそれが分かっているから、それぞれ真剣に審査しているのである。
過去、自分が落されたのは、真剣に審査してもらっていないからだと考えて、もしも、真面目に審査してと言ったならば、己の芸をもっと反省したほうがよい。落ちたのは、何らかの理由があるはずである。
大道芸であって、自己満足的芸術発表ではない。自分が思っていることが伝えられず、審査員にも分からなかったのであれば、当然、落選である。
こんな話を思い出した。メキシコのアーティストが僕のところにきて、もっている日本製のカメラが壊れたので、直して欲しい、お前は日本人だろう、という。この思考の飛躍。
自分の芸はすばらしい、それが落選したのは、審査が悪いからだ。いや、ヘブンアーティストの制度が悪いからだ、という思考の飛躍。
確かに、ヘブンアーティストを受けるのに推薦制度があって、その推薦人になってくれと見ず知らずの人からの依頼があったり、また、推薦するから金を出せ、と言った人がいるとか。前者については、実際にあるアーティストから聞いたので事実であろう。
後者は、事実関係を知らないので、分からないが、もしも、金を受け取った推薦人がいれば、そのライセンスは剥奪されて当然だと思う。というよりも、例え、大道芸人のなかにはさまざまな人がいるにしろ、そのような人がいるのはなんとも嘆かわしいことである。ここで論理が飛躍すれば、だから大道芸人はダメだ、という言い方になる。事実は事実だが、類推するのは止めたいものである。

★8月29日

サーカス村の今朝は、久しぶりの青空。今年は本当に雨の多い夏でした。
サーカス村は、群馬県の、いわゆる中山間部と呼ばれる地域にあるので、平野部よりは天気は変りやすいのですが、それにしても雨の多い夏で、お盆の草木湖祭も雨天中止。
ウイグル雑技団公演が中止になったのが最大の理由ですが、雨、冷夏でどこかに出かけるでもなし、久しぶりにのんびりした夏でした。
特に夏休みをとったのでもないのですが、ゆったりした時間の中で僕自身、たゆたっているような気分を味わっていたようです。
こんな気分を味わえたのは何年ぶりというよりも、はじめてのような気もします。
ああ、そうか、こんなふうにも時を過ごすことができるのか、とも思いました。
まあ、このような時間の中に身をおいて、今後も過ごすというのではないのですが、この味わいを大切にしたいなとは思います。
ゆったりした時間でモノを考えたり、何かを作ろうと思うと、そのことを持続的にできるような気もします。
サーカス学校3年目。新しくくる生徒の宿舎がまだ見つけられないのですが、それもそのうち何とかなるのでは、と思ったりしています。

★8月15日

残暑お見舞い申し上げます。それにしても、なんという夏でしょうか。5年程前も確か冷夏だったと思うのですが、これほど、日照時間が少なくはなかったと思います。
エルニーヨ現象が起きた翌年が冷夏になりやすいとか、そんな話をNHKの気象解説でやっていましたが、もしもそうであれば、気象が商売に大きく影響する時代、夏になる前からそんな情報が流れていてもおかしくないはずですが、ぼくの耳には届いていなかった。
もちろん、ぼくの勉強不足ということもありますが。それと、20年ほど前であれば、このような冷夏であれば、米の出来など、連日、マスコミが騒ぐはずです。巷も同様。
ところが、これがいたって静か。自国の農業生産物の出来不出来は、国民にとっての重大な関心事ではなくなっているのでしょうか。
それとも、それゆえマスコミが不作情報を流しても視聴率が稼げないとでも思っているのでしょうか。
とすると、秋になって、野菜が高騰したり、新米が不作でさまざまな影響が出てきたときになって、もしもマスコミが騒ぎ出したら、それはジャーナリズムを預かるマスコミの怠慢、責任問題といえるのではないでしょうか。
とまあ、雨、雨で仕事を干されているぼくはそんなことを考えています。
今日は、東村の草木湖祭。雨でお流れになりそうです。
祭に参加する予定の綱渡りのDAISUKE一家と風船のタビターと、何人かの学校の生徒、ナジェイジダ先生らと、今日は宴会でもしますかね。
このような天候の日々、ウイグルサーカスのツアーを行っていたら、客は増えただろうか、それとも減っただろうか。などと考えたりもしています。

     
★8月3日

8月2日、サーカス村ワークショップ”ナジェイジダ先生の夏期講座”、無事、終了。名古屋のプレジャー企画の5名と福岡、大阪、石川、東京からのメンバーの9名。
全員、先生のハードトレ−ニングに耐え、筋肉痛には泣かされながら、怪我ひとつなく終えることができた。
先生の指導は的確であるのはもちろんのこと、一人ひとりの悪い点を繰り返し、注意してくれるので、短期間の練習でも、身につくものがあったにちがいない。
全員、満足してくれたと思うが、問題は帰ってからだ。
ここでの訓練の何割を、自分で反復継続できるかである。
みんなそれはわかっているだろう。だが、実行するとなると、相当な意志の強さが必要になる。みんな、がんばってほしい。
サーカス資料館の電話がなる、ファックスが今でも、ウイグルサーカスのチケット申込みを送ってくる。
来年どうすれば、海外サーカスの来日公演を準備できるのだろうか。
1,2年間は、準備に専念すべきなのだろうか。

★7月22日

7月19日に、サーカス学校2年目終了の発表会を、サーカス学校体育館(旧沢入小学校体育館)にて、行う。なんと観客数が200名近く、ビックリ。HPに、感動した、無料ではもったいないとの書き込みもあり、嬉しい限り。
アクロバット・パフォーマーのDAISUKEさんのゲスト出演もあり、確かにお客さんには楽しんでもらえたと思う。
リハーサルを見た、橋本大プロデュサーもここまでやっているとはと、お褒めの言葉を頂いたが、サーカスの舞台に立てる技術を習得している者は、正直、まだいないし、ジャグリングではまだまだ失敗も多い。むしろ、これからであろう。
ものごとには、かならず良し悪しがある。
大道芸の流行は、多くの若者を引きつけ、その技術も向上している。その一方で、少し技術を身につけただけで、大道芸ができると思っているものもいる。
サーカス学校に生徒があつまるのも、大道芸の流行が大いに貢献しているのだが、本物のサーカスのリングに立つには、どれだけの練習が、努力が必要かということが抜け落ちているものも出てきている。
もし失敗しても話術で繕う、大道芸的感覚でいるので、おしゃべりできない公演では、その失敗がなんともみっともないのである。
サーカス学校は大道芸学校ではないので、どこまでも技術レベルを追求していこうと思う。もちろん、創るということも。

★7月11日

11日、この日にかぎってはエノケソ一座と銘打った浅草雑芸団の公演を、浅草 の木馬亭で見た。いや〜、楽しかったな。久しぶりに笑いました。
秀逸は、上島座長の”夢の風船”で、木馬亭をニセモノ小屋に改造した“エノケソまつり”で、本物のモダンな見世物芸を見せてもらいました。
どんな芸かといえば、鼻から口に通したペンシルバルーンで、鼠を作るというもの。鼻汁にジュとジュとの、勝手に想像すれば、鼠捕りで捕らえた鼠を、水を張ったバケツにドボン、溺死させてしまったような鼠をつくつてしまった。
それにもうひとつは、佐藤まさしさんのビチボとバラ線の輪を使った輪つなぎの手品。ビチボの芸、あれはどこでだろうか。遠い昔、見たような気がするのだが。佐藤さん、ビチボって、どういう意味ですか。
よかったら、教えて下さい。原健太郎さんが、古川ロッパになって登場したのも笑えました。これはほとんど、ボクの個人的微笑みというものですが。
原さんがなにしろ、新劇的というか喜劇的に、マジにロッパを演じていたのだ。
これぞ、あえていえば、新劇的見世物なる、未だ確立していない、新たなるジャンルか。まあ、そんなジャンルを作ってしまうと、今度は、新劇的見世物と喜劇の演技はいかに違うかなどといった、新しい不毛の論議をしなくてはならなくなるので、やめましよう。
そんなわけで、彼らの芸だけではなく、他に登場した全ての芸に、ボクはあれこれ、かってな想像力を働かせて、参加していたのであります。
帰りに、ACCの辻君を誘って、浅草ビューホテル裏手にある、笹という、小料理さんで一杯。このお店は、イギリスのノーラ・レイはじめ、海外からアーテイストを呼んだ時に、たびたび、打ち上げなどに利用させてもらっているお店で、お魚が美味しいよ。浅草で遊ぶ折には、よってみてください。

★7月7日

今日は七夕です。願い事は沢山ありすぎて書けません。さて、ウイグル雑技団来日公演の残務整理ですが、ほぼ一段落。
といって、まだ解決しなければならない問題は山積みです。
ひとつ、朗報というか、感謝したいことがあります。というのは、今回の12会場の内、キャンセル料を支払わなければならないところが、8会場あったのですが、それらの全ての会場がキャンセル料を減免してくださったのです。
今回の中止がサーズの影響であること、また、単なる商業公演ではなく、群馬県下の子ども、人々にサーカス文化を理解してもらうという公共性の高いものであるという判断で、減免してくださったのです。
そのような判断をしていただけるよう、嘆願書をお送りしたり、また、会場によっては、状況説明などに伺ったのは事実ですが、それらを受け入れて下さったことに、深く感謝したいと思います。
このようなお願いすることも、ある意味では、NPO活動としてはやらなければならないことだと思いますが、これは決して楽な作業ではありません。
しかしまた、もしもキャンセル料は仕方ないと諦めてしまえば、それだけ、赤字が脹らむというだけではなく、サーズという、いわば、天災に近い事柄でも、キャンセル料は支払ってもらったという事実が前例となって、今後も同じよう事態で公演等ができなくなった場合に、キャンセル料を支払わなければならなくなるという恐れが出てくることです。
あるいはこれは単なる危惧かもしれませんが、このようなことは、なにかの活動をする者にとっては、十分、意識的でなければならないことだと思います。
いささか、固苦しい話になってしまいましたが、今回のサーズでさまざまなダメージを受けた方々に、今回のウイグル公演中止後の作業のひとつとして、このことは報告すべきと考えた次第です。

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