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村長日誌(2004年10,11,12月)
★12月27日

25日、上杉清文作 瓜生良介演出 発見の会の『花田・アングラ・清輝』を見に、中野のザ・ポケットにいく。感想は、うーん、ちょっとなといった気分。駄洒落の連続のなかに、非暴力的抵抗のあり方を探っているのだが、今ひとつ論旨が不明確な上に、駄洒落がパワーになっていないような気がした。観劇後、シアターXの上田さん、家入さんに誘われて、作家の小沢信男さんと一緒に、東中野でご馳走になる。みんなも、作品にパワーがなかったと感じていたようだ。
本年もそろそろ終わりだ。一年を振り返えってみる。あれこれあったといえばあったが、なにかもうひとつ自分なりに納得する仕事ができなかったような気がする。大きな問題は、ウイグル雑技団のタワーズ・ハイワイヤーのメンバーがトロントで亡命したことだ。直接的には、それで、福岡キャナルにタワーズの提案ができなくなったこともあるが、それ以上に、アジアツアーという夢が難しくなったことが大きい。
新疆自治区の区都ウルムチから花の都パリまで、アジアツアーをしたいという、途方もない夢を実現したいと願っていて、その時のツアーのメインのアーティストたちとして、彼らに期待していたのだが、そこにぽっかり穴があいてしまった。アジアツアーそのものが、とてつもなく困難なプランなので、彼らが亡命したからできなくなったというのではないが、ひとつの核がガラガラと崩れたのは事実だ。すべてやる直しというか、もう一度、すべてを考え直さなくてはならない。そのきっかけをまだ掴めずにいるというところが、なんとも無念である。
そのほかにも、事件はあったが、夢が内部から壊れてしまった、そんな感覚を味わったのは、初めてであった。サーズによる、新疆ウイグル雑技団群馬県下ツアーの中止も辛かったが、こちらはとても現実的なダメージであり、アジアツアーの夢が遠のいたのは、非現実的なダメージといおうか。そんなこともあり、自分として納得する働きができなかったということだろう。
世界はアメリカがおっぱじめた第3次世界戦争の真っ只中で、拉致問題で北朝鮮を徹底的に批判する日本は、いつ、北朝鮮がミサイルを発射してもおかしくない状況を作りだしているといえないか。悪を悪といって攻撃することで、悪が改悛したりするだろうか。お前は悪い、お前は悪いと攻撃することによって、その悪が自暴自棄になって牙をむいたとき、一体、だれが、その牙を納めさせることができるのだろうか。そこまで考えて、北朝鮮を攻撃しているのか、わめき散らしている人々にそのあたりを聞いてみたい。
年内の日記はこれでおしまいにしようかな、と思ったりしている。いや。また書くかもしれないが。
ご馳走をパクつきながら、シアターXの上田さんに、7月20日頃、2,3日、劇場を使わせていただけませんかと相談。というのは、7月には、サーカス学校で4年間を過ごしたことになる生徒がでる。
サーカス学校は4年生が建前なので、卒業生がでるということになる。それだけの実力がついたかどうかは別にして、まだ4年経っていない生徒、2005年春にくる生徒を含めてショーを作り、東京での発表会を行うのもいいのではないかと考えている。
マールィ一座へ一歩近づくためにも。

★12月25日

23日、青山ブックセンター本店に。若松孝二監督の『時効なし』の出版記念トークショー「若松孝二×足立正生」を覗きに行った。本をまとめたのが、お世話になった、元光文社、現在ニューヨークに住んでいる小出忍さんとフリーライターの掛川正幸氏。小出さんとは半年以上あっていなかったので、拝顔の誉に浴したかった。
すでにACCは冬休みにはいっているが、今日25日、出社。今日の午後は、発見の会結成40周年記念公演第2弾『花田・アングラ・清輝』を見に行く予定。11月、師匠内田栄一没後10周年の催しに出たり、今回は若ちゃんの催しを覗いたり、そしてそもそも芝居の世界に足を突っ込むようになった発見の会の芝居に行こうとしたり、サーカスの世界の足を突っ込む以前の世界に出会ってしまっているというか、なにかを続けている人々と再会している。まだまだこれからいろいろやっていかなければならないと思うが、運動を続けている人々はそう簡単にはくたばっていないなと実感している。運動といっても、若い人々にはスポーツしかイメージできないかもしれないが、文化、芸術というのはそもそも運動でなければダメで、作品を完成させるのは二の次なのである。まあ、僕がそう思っているだけかもしれないが、僕にとってはサーカスというのは、サーカスの文化活動・運動であり、だからこそ、資料館を作ったりサーカス学校をおっぱじめているのである。ということを、諸先輩方の活動に刺激されて、僕もさらにやっていくべぇと再確認している次第である。

★12月22日

21日、ACCの忘年会兼ナジェイジダ先生のお疲れさま会。先生は22日、キエフに帰国。来年3月20日ごろ、ご主人と再来日の予定。
2次会にまで、先生は付き合ってくれた。先生曰く”生徒の進歩が楽しみだ”と。本当にいい先生にめぐり合えたものだと思う。4年目以降も続けてくれるとおっしゃてくれている。とにかく、サーカス学校から世界のサーカスで活躍できる生徒が誕生することが、ぼくらにとっても、先生にとっても最も喜ばしいことである。サーカスが文化として定着しているヨーロッパや旧ソ連の国々、中国とは、日本はその文化の国情が違うとはいえ、世界で通用するサーカス・アーティストがサーカス村から誕生することで、伝統的な日本のサーカス文化とは違うサーカス文化が芽吹くことになるだろうし、その広がりがこれまでの日本の伝統的サーカス、その歴史と交わることで、新しい日本のサーカス文化が始まるのではないか、と僕はそれを期待しているのである。
22日、ACCの大掃除。本日より、ACCは冬休み。ACCは、平成に入ってからは、23日の休日前後に冬休みに入る。正月に仕事を抱えている人は出社しなければならないが、他の人は長い休日を楽しんでくださいと言う訳である。僕は、残念ながら、まだ出社しなければならないし、できれば年内、もう一度、サーカス村に足を運びたいと考えている。雑用が山のようにある。

★12月20日

18日、7回目、サーカス学校4年目前期の発表会が、小春日和の日差しの中で行われた。沢入、東村の人々を中心に、1500名ほどの人々が見に来てくれた。うれ しい限りである。
最初に、土日に練習に来ている社会人の鳥本フミオさんのシフォン、続いて本年9月の新入生柏木清香の玉乗りジャグリングでオープニング。オープニングには左足親指を骨折した 同じく新入生の小林信之も参加。クラウンのフクちゃんの司会でショーが始まる。

  1. 堀口晶子と上坂直之のハンド ツゥー ハンド
  2. 国島智春のクラウン芸(チェアー使用)
  3. 森田智博のジャグリング(クラブ、ボール)
  4. 西山馬来のシフォン
  5. 香山啓のチェアーバランス(差し芸)
  6. 堤昌宏の一丁ブランコ
  7. 国島智春と中村元のコミック(樽抜け)
  8. 福田寛秀のクラウン芸(ナイフ投げ)
  9. 斉藤英佑のジャグリング(ディアボロ)
  10. 中村元と国島智春の5丁椅子
  11. 斉藤英佑のコミック
  12. 堀口晶子と国島ゆりな(5才)のダンス
  13. 上坂直之と西山馬来の棒術&ダンス
  14. アイランドとユーコイヤのシフォン(アメリカ人 ゲスト)
以上の番組で2時間のショー。
多くの芸が観客に見せられるものになってきているが、世界のサーカス・テントの中で見せられるかというと、そこにはまだ距離がある。
技もそうだが、それ以上に精神的なものが大切ではないかと思う。いわばプロ根性というか芸人魂というか。この道で生きるという強い気持ちを育てているかということである。まだまだ芸としては不十分なのに、ビデオを海外のサーカス団に送ろうとしている者もいるが、こちらが恥ずかしくなってしまう。ビデオを送った結果で、本人が自覚してもらいたいと思う。
ともあれ、4年目前期終了。来春から学校に来る小林一馬君一家が家族で見に来てくれたり、森田君のご祖父母、御両親 さやかのお父さんなども見に来てくれ、和やかな雰囲気で終演。村の人々との交流も徐々にだが生まれてきて、地元に理解が深まっているのではないかと思う。
19日、藪塚本町の中原地区のクリスマス・こども会にフクちゃん、ひろみ、さやかのクラウンショーを行う。今日20日は、高崎のロータリークラブの親子クリスマス会で公演。その後、東京に戻る。22日、ナジェイジダ先生、キエフに帰国。
サーカス学校は3月22日、4年目後期が始まる。

★12月15日

12月の日々は矢の如しではないが、ドンドン時間が過ぎてゆく。12日、吉岡町の明治小学校で、二つの子ども会の合同催事に呼ばれて、サーカス学校の公演。公演後、東京に戻り事務所へ。帰宅。13日は川崎のクラブ・チッタへ。まだ本決まりではないが、来年の愛知万国博に参加するスウェーデンのサーカス・サークルが東京でデモストレーション公演ができないかという依頼を受け、その会場としてチッタをということで、果たして、会場内にトラスを組めるか、その下見に行く。どの会場もそうだが、アンカーを取れるかが問題で、そこが最大のチェックポイント。下見の結果、かなり難しいけど、全く無理ではないかと判断。でも、ひとつひとつ詰めていかないとと思う。夜は、今、宮古島に移住している、辻先輩が一時、東京に戻ってきているので、春以来、久しぶりお会いして一杯飲む。
14日は、自宅を早く出て、千葉は山武町へ、ポコポコ舞踊団の木村元・洋子宅へ。サーカス村・東村の童謡るさと館で、来年3月下旬から彼らの展示会というか、木村元・洋子ワールド”ゆかいなおもちゃ”展(仮題)をやっていただこうかと思い、訪問。森とたんぼと畑のなかのご住居の裏庭で、炭火で焼いた魚やお肉、野菜をいただきながら、歓談。ハーモニカ、ギターの演奏と一緒になって動くおもちゃ(ポコポコ舞踏団)の工房を見せてもらい、至福の時を過ごさせてもらった上にお土産をもらって、東京にもどる。事務所で2時間ほど仕事をして、19:30分に、車でサーカス村へ。
15日は、9時に童謡館から照明機材を借用、サーカス学校へ。今日から発表会に向けて本格的な稽古に入る。

★12月10日

7日、ACCの大野洋子さんとロンドンマイムシアターのノーラ・レイの難破船の共演者サリー・オーエンが来日しているので彼女も車に乗せてサーカス村へ。二人は2泊3日コースで、国民宿舎サンレイク草木に湯治がてらサーカス学校を訪問。サリーも今、ダンスの先生をやっているので、生徒を見る目は温かいと同時に、的確にその性格を見抜いていた。4年目も前期を終わろうとする今、練習熱心な生徒は確実に伸び、そうでないものとの差が歴然とついてしまっている。山奥のサーカス学校だけに余計なことに惑わさられずに練習すればいいのだが、やはり性格というか怠け者は怠け者でそこまではなかなか変わらない。
9日、二人を送って藪塚の中原公民館を見にいく。19日、地区の子ども会クリス マスにイベントを頼まれているので、会場下見。天井が低く、たいした芸を見せられないのが残念だが、ここはフクちゃんとひろみのクラウニング、それに新人のさやかの玉乗りで頑張ってもらおうと思う。
10日、県の視察あり。なんでも修学旅行などの体験コースにサーカス学校が利用できないかということらしい。大人数の対応はできないが、少人数であれば、ジャグリングなどのコースを作れないこともないと思うが、こちらの練習とどのように組み合わせるか、十分に検討しなければならないだろう。まだ、企画段階なので、今から頭を悩ませる必要はないが。
久野昭著『異界の記憶』を読む。歯ごたえある本というか、僕自身の読解力が足りないため一度、放棄していたのだが、再チャレンジした。あの世、黄泉の国とこの世を行き来する話というか論文で、とても刺激的だ。以前に触れた津島佑子の『ナラ・レポート』を思い出していた。この時代というのは、政治的にも社会・風俗的にも理不尽さが横行している時代という意味だが、個々人が己の想像力を鍛えなおさないことには、己の道を生き抜くことができないと思うのだが、そのためにもこの2冊の本は力を与えてくれる。

★12月6日

5日、群馬県境町の文化会館小ホールで、生涯学習振興会のイベントとして45分の学校公演を行う。本年一番の出来というか、いいショーができた。ジャグリングの失敗もほとんどなく、フクちゃんの”演奏会”もリズムよく出来ていた。直とアコプーのハンドアクトも失敗なし。で、ショーを終えて国道17号線で東京へ。季節外れの夏日で、車のエアコンをかける始末。
このところ、久野昭著の『異界の記憶』という本と格闘。異界とはあの世に限らないが、人が死にまたよみがえる、その間に横たわる世界とでもいえばいいか。この世にもいまさまざまな異界がゴロゴロしていえるかもしれない。子殺し親殺し、ネグレクトの世界あり集団自殺の世界あり。それらすべてはテロ撲滅を理由とした強権発動のアメリカ、その尻車にのって経済復興を果たそうとする日本の権力者たちの行動に源を発していると思っているのは僕だけではないと思うが、それだけに異界の世界が僕らの現実のあちこちにぽっかりと口をあけている。この荒んだ世界の中でどのような言葉を発すればいいのか。どのようなスタンスに立てばいいのか。頭は混乱するばかりだ。

★12月3日

サーカス学校では12月18日の発表会や公演のための稽古が続いている。今年は暖かく、助かっていたが、今朝からぐんと冷え込み、天気の日はいいが、曇りだと体育館の中は冷房状態。
11月30日、桐生で行われた来年度の群馬県の予算懇談会に出席。桐生広域圏という行政管轄地区のいろいろな方が出席して、群馬県の後藤出納長のお話を聞き、その後、懇談を行う集まり。群馬の地元で、NPOとしてサーカス村、サーカス学校を行っている以上、県の文化行政、地域との関わりなども知っておかなければと出席。
県の財政も厳しく、そうした中で、いろいろな意味で地元の活性化を県行政が求めており、どのような活動をしていけばよいかというのが話し合いの根底にあるのだが、名案があるわけではなかった。桐生という、かつては絹、絹製品で有名であった町も、今はかなり衰退しているのだ。この桐生からサーカス村のある東村を抜けて、隣の栃木県の足尾へと走っている、第3セクターで運営しているわたらせ渓谷鉄道も年間1億円程度の赤字を出していて、向こう3年間に赤字を解消できなければ廃線というような方針が出されている。
桐生の町の人々がどっちを向いているかが問題だが、わたらせ渓谷鉄道と連動させて、観光マップを作り、桐生に一泊して、桐生の町と渡瀬川流域の観光コースを作り、東京を始め他の町から人を呼ぶような計画を本気で考えないと、本気ということは、ある程度身銭を切る、つまり先行投資をしなければならないと思うのだけど、それだけの元気が桐生の人々、渡良瀬川流域の人々にあるかなと思う。
サーカス村独自では観光の目玉にはならないが、より大きな文化活動(観光活動も文化だ)を起こすための要素にすることはできるだろう。とりあえず情報収集かな。

★11月29日

27日、犬山市の明治村に。来年3月19日、明治村40周年の催事に、和妻の藤山新太郎師匠の出演交渉。で、大島君と犬山駅から明治村へのバスに乗っているときに、彼の携帯にリトルで通訳をお願いしている小原さんから連絡が入り、ロシァンバーのターニャがバーか落ちて、救急車を呼んでいるとのこと。大島君は、明治村についてすぐに病院に。まあ、結果は強度の打撲ということで骨を折るとかいった大きな怪我なくほっ!。今回のオリンポスサーカスは大成功で、勿論、世界の屋台村という他の催事との相乗効果だが、秋の入館者が昨年の比較で140%を越え、こちらもほっという数字。
明治村は、呉服(くれは)座という明治時代の芝居小屋の中を見せてもらったのだが、そうか、昔の芝居小屋のすのこは竹組みだったのかと、その作りに感動。あとは、明治村の村長・小沢昭一先生にもお願いしている藤山師匠の公演が決定すれば、今回の犬山行きは大いに成果あり。

★11月25日

23日、童謡ふるさと館で、9月から展示していた”どんぐり・まつぼっくり展”撤去のため、いわさ・ゆうこさんと高須賀優さんが東村に。二人とも30年来の友人。夜遅くまで飲み、歓談の時を過ごす。翌日展示物を搬出。二人はサーカス学校を覗いた後、東京へ戻る。ぼくも夕方に東京に。12月にはいると、童謡館は来年3月まで冬休み。来春は、ポコポコ舞踊団の木村元さんに依頼して、彼らのおもちゃを展示したいと考えている。14日打合せに、木村さんの住んでいる千葉へ。楽しみだ。
 22日、山田洋次監督の『隠し剣・鷹の爪』を見る。崔洋一の『血と骨』と比較するつもりではないのだが、なんとなく見なくてはと出かける。やっぱり山田監督はすごいやというか、メリハリがついているなあと思う。ふたつの作品の描こうとする世界は当然違うのだが、『血と骨』は見終わった後の感じがどうにも救いがたくてたまらないのだが、『隠し剣』のほうはその逆で、見終わった後、清清しい気分になる。
『血と骨』を、監督は娯楽作品として作ったかどうかはわからないが、娯楽作品とすると、見終わった後の、滅滅たる気分はやはりいただけないのではないかと思った。

★11月22日

6本木ヒルズで、19日からオーストラリアのストレンジ・フルーツの公演が行われ、大成功というか、大勢の方が見に来てくれた。都会のジャングルに現れたファン タジーといったら、プロデュサーのロージーがとても喜んでいた。もうひとつのイ メージは、都会のあだ花というか、ちょっぴり終末的な雰囲気を感じる人もいるん じゃないかなと思ったりした。未来派のフィルムにでてきたら、ものすごくいい絵になるとも思った。
19日、崔洋一監督の『血と骨』を見る。一般に褒められているほど僕は納得しなかったが、これは原作を読んでから批評しようと思う。今、僕は廣末保の著作集を読んでいるのだが、というのも実は僕の中でこの夏公演したシアターXのダンス『へいせいのIEMON』が終わっていなくて、一人で、廣末保を読みながら、脳みそのワークショップをやっている次第。崔洋一は12月に初めて芝居の演出をするようで、その作品も近松の『女殺し油地獄』。これも見なくちゃと思っている。映画の『血と骨』同様、芝居のほうも、宣伝を見ると、ある種のバイオレンスものになるようだが、バイオレンスものはそれはそれでいいのだが、そのバイオレンスの背景のようなものが浮かびでてこなければ、それは商業主義どっぷりのものしか出来ないのじゃないかと思う。実は映画『血と骨』もそのあたりで僕は不満を感じている。観客を喜ばせるものを作りますといっても、ただの娯楽作品でしかなければ、そのうち観客も減るだろう。

★11月16日

12日、ル・テアトル銀座で、フィリップ・ジャンティの最新作『バニッシング・ ポイント』を見る。ACCのメンバーは全員見て、皆、感動しているのだが、僕はもうひとつ乗り切れなかった。面白しろくなかったというのではないが、どこかこなれてないような感じだったのだ。頭のなかにはいろいろな想念があって、そこに入ったり出たりしている感じの作品。ワークショップによって出演者がそれぞれのイメージを膨らませ検討し、それらを取捨選択し作品化していくという方法は僕自身ダンスの作品作りで試みてることなので納得がいくのだが、それでもどこか醒めてみてしまったのだ。
14日は、師匠だった内田栄一さんの10周忌。内田さんとは亡くなる10数年前に喧嘩別れし、亡くなったとき葬儀にも出ていないので、今回の催しにも参加するか迷ったのだが、思いきって参加。短いトークに引っ張り出されたのだが、なにも話せなかった。内田さんの活動についてはやはり自分なりに今やっていることで、答えを出さないといけないのかもしれない。内田さんは、肉体訓練によるサーカス技の習得ということに対して、多分、全く評価しないだろうから、今、僕がやっている活動も全く認めないと思う。本物という言い方は、僕自身嫌いだが、サーカス技を習得するために訓練を続けている肉体・その精神を、訓練を怠けて役者をしている、ダンスを踊ろうという人に対峙させて、ぼくは考えているので、そこに本物の鍛え方といったものがあるのは事実だ。その鍛えた肉体を使い、精神的世界にも入り込んでいきたいと願っているのだが。
ブレヒトの『都会のジャングル』を日本とドイツとの共同制作で上演できないかと試みていたが、残念ながら道が開けない。しばし、この試みは保留しようと思う。なにもブレヒトでなくてもいいのだが、この春ドイツに旅行した時に、ベルリンで訪れることができたデ・エタージュという私立の芸術専門学校のエネルギーに満ちた生徒たちに触れて、日本の若い役者たちとの競演ができたらとおもったのがきっかけ。
で、『都会のジャングル』を何回か読んだが、原作に忠実にやるのは難しいと思いつつ、今、もう一つ読んでいる廣末保の著作集第一巻に刺激されて、彼が評論している近松の『心中天の網島』とを重ね合わせて、なにか、テキストができないかなと考えている次第。こんなことを書いちゃったのは、自分をキリキリ追いつめるためなのだが。さて、どうなることやら。

★11月8日

7日は、関東短期大学アゼリア祭で、サーカス学校公演。静岡に行っている生徒も 多く、この日は、フクちゃん、ひろみ、馬来、智、それに新人の小林くん(のぶ)がパフォーマンスをする。今年のアゼリア祭は、あまり子供が多くなく、ちょっと寂しい感じである。先生方に言わせると、学生の乗りが悪いというか、この機会になにかをアピールしよう、成果発表をしようという意欲が年々薄れているとか。
そんなものかと思うが、学生が自分たちでまとまってなにかをしようとする意欲が湧いてこないというのは、やはり、社会によって、個人がバラバラにされているからではないかという気がする。個人の力量というか、個々がそれぞれに技を身につける必要があるのは当然だが、その上でひとつの作品をつくるサーカス・ショーだ。そこにはお互いに納得しあうものがなければ、作品はつくれない。
しかし、サーカス学校の生徒にしても、他の生徒の手助けという点では気が利かないというか、”おい、手伝ってやれよ”と声を荒げなければならない時がある。自己中という言葉があるが、なんとも惨めな感じがする。人として豊かな人格を作るなどということを考えたりしないのだろうか。
村上春樹の『アフターダーク』を読む。この世界を支配しているのは、悪の力というか、非人間的な権力が生み出している、その権力さえも手にあまるような、無秩序な暴力なのかもしれない。だが、そうした世界でぼくらは生きてゆかなければならないのだ。

★11月1日

このところ東京とサーカス村を行ったり来たり。10月29日、アレグリア2のプレミアショーを見る。観客の多くは以前のシルクを見ているようで、最初から暖かい拍手に包まれてショーが始まる。シングル・トラッピーズのダブルバージョンもファーストトラックもグレイドアップしている。最後は空中鉄棒を使った空中飛行。で、安全ネットを張るのだけれども、これがなぜかシルクのショーには似合わないと思うのは、ぼくだけだろうか。
ショーが終わった後、車でサーカス村へ。この夜の就寝2時半。起床6時で、7時サーカス学校出発で赤城村へ。11時、サーカス学校公演。その後、冷たい雨で、野外のテント会場から体育館の中へ移動して2時半に2回目の公演。公演は成功。一度、サーカス村に帰ってから東京へ。赤城村の往復は関口さんが車を運転してくれたので、助かった。で、東京に戻れたのは夜の9時40分。野菜を詰め込んだ、大きなリュックを担いで、新宿に。赤城村の農協の販売所で、野菜を買い込んだのだ。ナマのピーナッツやとろろいも。それにはっぱものも。大根も買いたかったけど、見たら既に売り切れ。そこへ軽トラックに白菜。みんなワーと押し寄せる。一個100円の白菜がそれこそ飛ぶように無くなる。野菜の産地でも野菜不足らしい。
京都から上京していた伊藤さんと一杯飲んで、南林間に帰宅。結構年寄りには堪えるスケジュールでした。

★10月26日

朝4時半起き。5時半の南林間駅の一番電車で東京に。車を動かしサーカス村に。 本当は26日中に移動したかったのだが、フィリップ・ジャンティの全作品を招聘している高橋君が話しがあるというので、この日の移動は不可になってしまった。でも、昼前にサーカス村に入りたかったので、早朝出となった。これって結構きついのだ。でもとにかくサーカス村に入り、明日27日の上郊小学校の公演の準備。今日は昼前から雨。テレビでは新潟地震のニュース。
津島祐子の『ナラレポート』に続いて、松浦寿輝の『半島』を読む。このところ、現実と非現実の壁を行ったり来たりする作品というか文章が気になっている。というのも僕自身、本当のサーカスと幻のサーカスを行ったり来たりする文章を、この春書いたのだが、いまひとつ納得できず、もう一度、機会を見てチャレンジしたいと思っているからだ。次は村上春樹の『アフターダーク』を読むつもりだ。この3冊で現代文学の一面を覗こうというのはいささか安易だが、あっちの世界、こっちの世界を行ったり来たりする文体が少しは分かるのではないかと。

★10月21日

20日朝6:00に、南林間の自宅を車で出て、雨の中、東村に。この時間にでれば、5時間以内にサーカス村に着く。一度、学校に行き、昼から桐生に出て、11月7日の桐生こども会の打合せ。雨やまず。台風23号、次第に関東に近づいているとか。
津島佑子著『ナラ・レポート』を読む。すごい小説だ。過去、現代、時空を自由に飛びこえる文章力。時空を飛び越えることの出来る自由な文章を求めて、こちらは地面というか、白い紙の上でのた打ち回っているのに。それも津島佑子の文章は歯切れよく、読みやすいときている。さて一体、いつになったら、僕は自分の文章をかくことができるのだろうか。
月刊誌「新潮45」に、編集部がインタビューして書いた「サーカス氏面白薀蓄」というのが掲載されているので、よろしかったら読んでください。
21日の今日は、27日の群馬町の上郊小学校で公演するショーの構成をして、夕方には、東京へ戻る予定。サーカス村に余裕のある滞在をして、草むしりしながら、あれこれぼんやり考え事をしていたいのだが、なかなかその時間が作れない。明日も打合せ。土、日は留守番。月曜日は一日打合せ、夕方東村に。火曜日、上郊小学校のショーの通し。水曜日、公演。で、日曜日には赤城村の公演が控えている。ひとつずつこなしていかなくてはならないが、時々、本当に考えなければいけないことをサボっているような気がする。

★10月18日

先週末から明日18日までは、前橋のグリーンドームで開催されている第17回全国健康福祉祭群馬大会通称ねんりんピックぐんまにサーカス学校公演として参加。といっても大道芸出稼ぎに行っているメンバーは参加せず。で16日、会場にいって、まず怒鳴ってしまった。というのもステージの裏に楽屋まで出来なくても控え室のようなものを作っているはずなのだが、それがないではないか。文句をいっていると、県の職員がでてきて、設置は群馬テレビといい、群馬テレビは施工は業者にまかせているという。責任逃れというか責任転嫁というか、全く話にならないね、こういうのは。
ひと通り文句をいった後、とにかく今更どうにもならないことはわかっているので、ショーの準備をしていると偉いサンが謝りに来る。で、こういう状態なので了承してくれという。悪いけど了承はできない。了承というのは承諾したという意味になる。この悪い条件でも帰ったりせずやりますが、了承はしませんというときょとんとしている。アーティストにとって条件が悪いということはどうゆうことなのか、本気で考えたことあるのかな。困ったものである。皆も言うべき文句はちゃんというべしなのだ。

★10月15日

10日、ちらりと六本木ヒルズに顔を出し、その後、銀座に出て、シネスイッチ銀座で、BPズームのベルニーが出演している"ピエロの赤い鼻”を見に行く。これが感動! しかもドイツ兵になって出演しているベルニーの役は、兵隊にとられた道化師である。その道化師が、牢屋代わりの粘土の大きな穴に閉じ込められているレジスタンスのフランス人に、笑いで、生きている限り希望を棄てるなと、勇気づける。そんな役をベルニーが見事に演じているので、映画そのものも力強い映画なのだが、なんとも嬉しくなってしまった。このところ、『サーカスの犬』といい、素晴らしいサーカス作品に次々出会えて、感動の連続だ。僕らもなにか感動モノの作品を作らなくっちゃね。
11日は、藤沢の遊行寺に。先日、シアターXで、花田清輝の『泥棒論語』を演出した白石征さんの作・演出の芝居、「小栗判官と照手姫」を見る。こちらもなかなか面白かった。横浜ボートシアターの「小栗判官」は仮面、衣装が独創的で見事な舞台を見せられたという感じになるが、白石さんの舞台は、ストレートに役者さんが演じていて、どこか小気味いいという舞台になっていた。
12日、六本木ヒルズのスタチュー(彫刻パフォーマンス)のディレクター・セルジュと昼食。その後、久しぶりに車で、東村に。といっても館林で一泊。館林の関西学園短期大学で、11月7日、サーカス学校公演をやらせてもらうことになったので、会場下見。そのついでに、この春から同大学のこども学の先生になった早稲田大の同級生と一杯飲むという企み。よく飲んだ。
13日、サーカス学校へ。みんな熱心に練習している。さて、16,17,18日、前橋のグリーンドームで公演する準備開始だ。

★10月9日

台風22号、関東を直撃しそうな今日。六本木ヒルズでは、ユニティ・プロダクションズの野外パフォーマンスの初日。でもやるということで、とにかく現場へ。お客さん、ほとんどいないよ。でも来る人もなぜかいる。その準備を横目に見ながら、事務所へ。サーカス学校のほうは、ひろみとエイスケが大間々のさくらモールへ。こちらは店内なのでやれるにはやれるが、でもやはり客はすくないだろう。いや、ひょっとするとどこにもいけない近所の人が押しかけたりするのかしら。明日は、東村の運動会。晴れてもグラウンドはぐちゃぐちゃだろうな。
ぼくはこれからお小田急線の豪徳寺へ。ケイさんのスタジオで、へいせいのIEMONの反省会だ。それにしても今年は台風の当たり年。
全国的に熊が出没して、それも台風の影響とか。台風が来て風雨でどんぐりや栗の実が落ちてしまう。すると、それらをネズミが漁り、熊の餌が不足してしまうとか。旧栗観光園にあるサーカス資料館。あたりは栗だらけ。猿が齧った実は沢山見かけるけど、ひょっとしてそのうち熊さんがやってくるのだろうか。いまのところ、熊注意の看板は立っていないが、ひょっとすると今日明日にも立つのかしら。いささか不安である。
サーカス学校の練習。このところ11人の生徒の出席率もよく、見ていて気持ちがいい。これが持続するといいのだが。

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