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村長日誌(2005年1,2,3月)
★3月31日

28日夜、サーカス村へ。夜、サーカス資料館に到着すると、なぜかほっとするというか、一人半自然のなかにいるのを実感する。資料館のなかは冷え冷えしているので、まず、ストーブに火をいれ、ビール缶のタブを開ける。
一人分の食事を作りながら、ビールを飲みながら、パソコンをセットし、雑用をこなしなどなどしていると、夜12時を回ってしまう。
29日。まず東村役場に行き、関口さんにあって、新しく借りることになった家を、土、日の掃除してもらった礼をのべつつ、四方山話。その後、学校に行き、練習を見ながら事務処理。村有住宅に住んでいる小林信之君が到着したというので、フクちゃんと彼の部屋に。小林君には悪いが、女の子がひとり入学するので、彼に、ほかの男子生徒が一人で住んでいる家に移動してもらう。その引越し。
新しく借りた家では、ガステーブルのセットをしたり、あれこれ。石油を使う温水器が作動せず。前に住んでいた人が電気のブレーカーをおとしていったので、温水器の内部で、凍結が起こり、一部が破損してしまったのだ。これで3つ目の凍結破損。無駄な出費なので、もうこればっかりは起こしてもらいたくないものだ。
久しぶりに、国民宿舎サンレイクの露天風呂に浸かる。資料館にもどって夕食の準備。ナージャ先生と旦那さんのウラジミールさんを資料館に招待したのだ。明日、東京の戻るので、先生ご夫妻には資料館に泊まってもらうことにする。フクちゃんに送ってきてもらう。5人で食事。
30日朝、沢入に上がり、大家の古田島さんの家に行き、石油温水器の破損を伝え、修理したい旨、報告。その後、大海商店に行き、温水器の修理と、プロパンの湯沸し器の見積もりをもらう。
  10時過ぎ、東村を出て東京に。2時過ぎ、ACCに到着。ナージャ先生ご夫妻の買い物のアテンドを大島君に頼む。机の上の雑用に向かう。
実は、サーカス村の会員であるとともに、古くからの友人である、新宿”唯々”をやっている森玉恵さんが25日に脳溢血による心臓麻痺でなくなったという知らせが、26日、娘の千夏ちゃんから入っていて、ショックを受けているのだが、といって、酒を煽っているわけもいかず、とにかく、身体を動かして気を紛らわせている。
31日、先生の旦那さんを成田に送る手配を、大島君、哉さんがやってくれるというので、それをお願いし、とりあえず千駄ヶ谷駅前の飲み屋で、先生の旦那さんとお別れ会。その後、新宿に出て、吾郎ちゃんの店に。玉ちゃんは献体したので、告別式などなしだが、5月2日に偲ぶ会を催すと吾郎ちゃんに聞く。遅くなってしまったので、明大前に宿泊。

★3月28日

バタバタしていると、いろいろ書き忘れるものだ。だいぶ前にもどるが、3月16日にスウェーデン大使館でシルクールの記者発表。100人ほど集まりとりあえずは成功。翌日リトルワールドでドイツサーカスのリハーサル。18日ゲネリハ。19日が初日。ファミリー色豊かなショーのまとまり、ほっとする。すぐに明治村に。こちらは開村の40周年記念。記念式典があり、その後、呉服座で、三河万歳と藤山新太夫の手妻。太夫の手妻はACCの仕込みなので、うまくいくか心配するが、結果は大成功。
日付は飛んで、25日、三重の伊勢中川へ。メトロポリタン娯楽部という、巨大リゾートへ。そこのプールを借りて、いろいろな水上アクロバットの実験をしているのを見にいく。この件はまだ詳しく報告できないので、その内。
 27日出社。雑用整理。東村関口さんに、新入生のために借りることになった家に手入れをお願い。生徒にも手伝うように連絡。夜、友人より電話。世話になっている”唯々”の森玉恵さんが脳溢血で倒れ、亡くなったという。ショックを受ける。

★3月24日

22日、サーカス学校4年目後期の授業開始。前日、東村に入り準備開始。資料館のベランダは杉花粉で、薄黄色になっている。こりゃ、洗わなくちゃと思うもの時間はない。とりあえず学校に駆けつける。というのも新入生の宮川一馬君は両親と弟と、20日に来ているし、もうひとりの天野真志君も両親と既に到着している。中卒の一馬君はひろみとさやかの女性に家に預け、真志君は上坂君の家で生活してもらうことにする。
先生の家に。というのは先生のご主人のウラジミールさんがきているのでご挨拶。ウラジミールさんは、ジェットラグで元気なし。
22日9時半、学校に皆集合。チハルとジェンは風で休み。小林君と馬来は今月一杯バイト。
午前中2時間ほどかけて、体育館の掃除、その後、稽古にはいる。体験入学の末広祥久君と高橋奈々さんが見える。夜、新入生歓迎会。関口さんも見える。
23日午後、NHKのロシア語講座のロケ班到着。慶応大学に金田一真澄先生がナージャ先生に取材。なぜナージャ先生をお呼びしたのか、質問がぼくにも。
取材は夜まで。先生、フクちゃん、体験入学者2名と食事。昨夜の歓迎会の15人分の食事作りでいささかくたびれたので、豚肉の生姜焼き、さばの揚げ物、もやしとわかめ合えと、時間のかからない夕食で済ます。
24日、10時、NHKのロケ班を出迎えた後、関東短期大学へ。友人の吉川女子がこども課の先生になってるので、ディミトリーの『ぼくのユモファント』を教材に使ってもらおうと届ける。吉川女子に、館林で美味しいといわれるうどんやで昼食をご馳走になる。そこには、なまずのてんぷらあり。なまず、英語でキャットフィッシュ。トムソーヤの冒険で、ミシシッピー河のなまずも揚げ物になっていたよね、確か。なんていいながらパクパク。
で、東北自動車で東京に。途中、事故渋滞。でもなんとか4時過ぎに到着し、参宮橋で田中穣さんシルクールのパスポート券を届ける。明日は三重の伊勢中山へ昼までに行かなければならない。

★3月16日

書き忘れていたが、3月11日、ジンガロ・プレビューを見る。すげぇー小屋をぶったてたものだ。3,000人ぐらい収容できるのではないか。雛壇の客席の角度は、まさしくサーカス劇場並み(テントではない)。といっても、フランスのシルク・デイビィール(冬のサーカス劇場)よりも大きく、モスクワのレーニン丘の新しいサーカス劇場に近い大きさだ。
概観は巨大なカマボコ形なので、味も素っ気もないが、とにかく中は圧倒的な異次元の世界を演出できている。チベットの読経が流れ、舞台中央の巨大なお椀形の幕。
次第にバルタバスの世界に引き込まれてゆく。馬場は2重構造になってきて、一段と低くなっている馬場が並みのサーカスリングの大きさか(13メートル)、外側の馬場枠までは径が20メートルぐらいありそうだ。外側の馬場枠の上をチベットのお坊さんのような格好をした人々がその場場の上に臥せったり走ったりしている。やがて幕のなかが明るくなると、数頭の馬がいる。人はいないかと思うと、ひとり白装束の男がリングに座っている。
という始まり。圧巻はバルタバスの演技というか、彼が馬を操るのだが、手は一切使わない。ものすごいのはものすごいのだが、馬を知らない人にはなにをしているのかわかなないかもしれない。
ぼくの席は、14列目とかなり馬場から遠いので、馬の筋肉の動きは見れないのが残念と思いながらも、見つめていると、どこか知らない世界につれていかれるような気分になる。でも面白いというのとは違う。観客に禁欲を強いるようなところがある。それが未知の体験でもある。
今日はスウェーデン大使館で、シルクールの記者発表。

★3月15日

3月12日、愛知県犬山市へ、大森賢司君と。今回リトルワールドに来るドイツサーカスの準備のため。翌13日、大森君は新しく出来た中部国際空港にメンバーを迎えに。ぼくは犬山駅で手妻の藤山新太郎師匠と待ち合わせして、明治村に。3月19日、明治村開村40周年記念のイベントとして出演するので、その下見に。師匠は、明治村にある、大阪現池田市にあった呉服(くれは)座を見たことがあり、いつかここで公演したいとの希望があり、この40周年記念に出演できないか、小沢昭一村長にお願いして実現した企画だ。この日、明治村の黒野館長の案内で、村内を見た後、くれは座を下見。いくつかの問題をクリアして、4時、犬山駅で師匠と別れる。
4時17分、となりの犬山遊園駅で、ドイツチームを出迎え。宿舎へ。夜、簡単な歓迎会を。
14日は10時からリトルワールドでドイツチーム仕込み。15日、オープニング、フィナーレを作り、段取りの通しを終えて、4時前の新幹線で東京戻り。これを書いたら、これからサーカスシルクールのポスター貼り。明日は19時からスウェーデン大使館でサーカスシルクールの記者会見。17日にはリトルにUターンし、19日の初日の準備へ。
もうじきサーカス学校も授業が始まるので、気持ちは急く。

★3月8日

クラブチッタに行き、サーカスシルクールの打合せ。とにかくやるというということで、全力投球しようということに。
とはいえ、資金不足は確実なので、一口1万円のサポーター券発売を考える。チケット料金5,000円にCD-ROMを付けますので、というもの。ぜひ、皆にもご協力をお願い。

★3月4日

2転3転、スウェーデンのサーカス・シルクール(これが正式名として決まる)。
4月12日(火)、川崎のライブハウス・クラブチッタで公演することに決定。ご協力のほどを。

★3月2日

残念。サーカス・シルコール公演は断念することになりました。スウェーデン、日本両国から助成を受けられないがため。チケット料金だけではどうしてもカバーできないほどお金がかかるのです。
4月がダメでも10月にはと思っていたのですが、これもまったく助成金なしでは無理。ということで、仕切り直しすることに。ヌーボーシルクのシリーズ公演を企画して、まずスポンサー探し。このシリーズが出来る見通しが立てば、第一弾としてシルコールを打つつもりで行動しようと思う。くたばらないぞ。

★2月28日

サーカスシルコール公演計画が進行せず、日がドンドン過ぎてゆく。23日には、サーカス文化の会で、シルコールついておしゃべりしたが、公演実現未定なのでもうひとつ熱が入らない始末。
24日、とんぼ返りでサーカス村へ。ここ2週間ほど行かれなかったので、2,3日滞在したかったのだが、25日クラブチッタでアンカーを打つ場所をスウェーデンから来ているペオ立会いの下に決めなければいけないので、サーカス村逗留は叶わず。実はそれでも一泊しようかと思ったが雪の心配もあり、電車で帰京。翌日は雪で正解。
資料館へ行くと、奈良在住のカメラマン・大田順一さんから、本が届いていた。今回いただいたのは、岩波ジュニア新書『ぼくは写真家になる』という本で、彼がいかにしてカメラをもつようになったか、そしてどのような気持ちでひとつひとつの仕事にかかわりその仕事の中で何を学んだかを丁寧にしかも分かりやすく書いている。
大田さんの人柄がでている、とてもいい本だ。カメラマンになりたい人だけではなく、これから社会にでる若者たち、そして社会に出ている人々にも、それぞれの人が社会でどのように他人に関わってるかを見直す気持ちで読んでもらえたらと思う。これは自分の反省を含めて。
25日、チッタの打合せの後、銀座で、ジャグパルの安部さんがサーカス学校の森田智博君をインタビューしてくださるというので、お付き合い。おいしいものをご馳走になる。その後、新宿はゴーレデン街の”なかちゃん”へ。ぺオにぼくの接待居酒屋紹介という仕掛け。森田君と明大前の僕の東京宿泊所へ。翌26日、森田君はボリショイサーカスへ。僕は自宅へ。自宅に帰ると、小沢昭一さんから「明治村から」というCDが送られてきていた。これは、明治村の村長さんをおやりになっている小沢さんが、明治村40周年を記念して、永六輔作詞で、小沢さんが作曲した「明治村から」ほか、美しき天然も歌ってらっしゃるCD。楽しむ。

★2月23日

サーカス・シルコールは相変わらず目途がたっていないまま、時間が過ぎています。ただしなんとか実現したので、あちこち動き回っています。
このところ推理小説を読んでばかりだったが、以前に購入していた、哲学者内山節先生の『里の在処』を読了。
この本は、群馬にある上野村に古い家を買い求め、そこと東京を行ったり来たりしている先生の里での生活、畑仕事、村人などについて書かれているエッセイ。形は違うが、やはり東村と東京を行ったり来たりしている僕にはとても身近に感じられる本。
といっても、先生はぼくよりもずっと里の生活、村の人々に溶け込んでいるので、ぼくとしてはこの本を参考に自分での東村での生活、活動の質を見直したいと思ったりしています。

★2月21日

18日は鶯谷の東京キネマ倶楽部で、カバレット・シアター第5弾”カバレットキネマクラブ”の公演。雪の予報で心配だったが、何とか雨にもならず雪にもならずで、お客様もドーン会場一杯にお集まりいただき大成功。わがサーカス学校の生徒・森田智博君も盛大かつ心温かい拍手を一杯もらい、僕はほっと胸を撫ぜおろすというか、まずはひと安心させてもらった。ショー全体についてはもうひとつ、ふたつ工夫ができればいいかなというところもあったが、それは次回の課題にしてもらえればいいなといったところ。
この公演直前、実は携帯電話がなり、文化庁に申請していた、秋のサーカス・シルコール(サークールのこと。スウェーデン大使館と話したところ、サークールよりもシルコールのほうが原語の発音に近いということになり、今後はシルコールでいきます)の助成が却下されたという報告が入り、ショックを受けていた。公演は成功なのでほっとしたもの、助成却下のショックがたびたびぶり返してくる。シルコール側がアプローチしていたEUの助成金もパーなので、後はスウェーデンの外務省が愛知博の予算を上乗せしてくれるかである。モノが大きいだけに、助成が取れないことには、愛知博の後の公演にしろ、今秋の公演にしろ、実現が困難になる。今は、妙案が浮かばない。
で、もぞもぞと打ち上げで飲んでいるうちに始発電車の時間。鶯谷から新宿に。新宿から南林間へ。駅前は雪景色。スウェーデン・ストックホルムには雪がなかったのにと思いながら、とぼとぼと家に帰り、布団にもぐりこんだ。

★2月15日

森田さんの著書の件で書き忘れたこと。特殊な本なので書店で見つけることは難しい。で、直接発売元に問い合わせて申し込んでください。
(有)源草社 〒101-0051 千代田区神田神保町 2-23 北井ビル3F
Tel 03-5215-1639
Fax 03-5212-1739
Mail gensosha@infoseek.jp
URL http://gensosha.hp.infoseek.co.jp
郵便振替 00190-1-359618
なお、定価は3,510円+税 です。
昨日、ケベックの在日事務所にいき、現在、モントリオールに作られつつあるサーカスアートシティの責任者の一人であるブルネル氏にあった。先週、横浜市が開催した日仏の都市と文化について話し合うセミナーにパネラーとして出席し、この機会の日本サーカス事情について聞きたいというので、出かけた。僕のほうも、ケベック州、モントリオール市、それにシルク ドゥ ソレイユが中心になって行っている、巨大プロジェクトである都市改造を含む文化政策について、大いに関心があるので、二つ返事でOKと出かけた次第だ。しかしじっくり話し合うことが出来ず、ちょっと嫌な思いもさせられ不愉快であったが、それはそれとして、この際、文化と都市というか、文化を政治家が政策の一つにしたり、また国が文化をひとつの商品として海外に売り込むといった、最近の、これをあえて経済活動といいたいのだが、そうした傾向について、あれこれ考えてみた。といっても、この世界的な、文化を商品化して行われている経済活動の動きは21世紀の大きな潮流のひとつになっており、この流れに疑問をさしはさんでも仕方ないのだが、僕の懐疑心は晴れることはない。文化政策の動きのなかで、個人が、あるいは集団で作り出される創造活動、アートというものがどこまで保証されるのかということである。勿論アートとは保証されて生まれてくるものではない。しかし売れる商品を売るという構造のなかにアートが投げ込まれているという現状、そうした動きを見据えておかねばならないと思う。商品をアートという言葉に置き換えれば、はっきりするだろう。つまり売れるアートを売るという構造だ。巨大な資本であるテレビ局は売れる商品=番組しか作らない。同じ手法を国が、自治体が、都市が取り始めているのだ。

★2月14日

今日はバレンタインディー。大阪の常深恭子さんからチョコが届く。毎年いただいているので、ACCのメンバーは今年も期待しちゃっている。
ところで、森田裕子君の新著『内側の時間 旅とサーカスとJ・L・G』が出版された。ものすごく内容の濃いフランスのサーカス、特にヌーボー・シルクといわれるサーカスについての本で、その内容の濃さに日本の出版社が二の足を踏んでしまった作品である。ACCの大野洋子、辻卓也両君にジャグパルの安部保範氏などが中心になり、一口5,000円の出版協力費を募って、多くの方々の協力を得てできあがったものである。
この本は一読に値するというか、なかなか一読ではわからないところもあるかもしれないが(私のその一人)、サーカスを目指す人、あるいはアーティストとはとか、この社会から逃亡したい人、あるいは自由とはなにかとかを考えている人にお勧めの本だ。またフランスの国がどのような文化政策を試みているかを知りたい人もいろいろ情報収集できるだろう。
さてサーカス・サークール公演の決断は今ぎりぎりのところに来ている。今日明日にも、サーカス・サークールから彼らが申請しているEUの助成金がおりたかおりなかったか、連絡が入ることになっている。その助成金をどの程度使えるかが問題だが、助成がありれば決行というつもりでいる。助成がおりてもかなりの負債は覚悟しなければならないし、皆の協力を仰がなければならない。

★2月2日

このところ、サーカスサークール公演実現に向け、とにかくあれこれ詰めの作業を行っている。なにしろモノが大きいだけにお金がかかる。その手当てが出来なければ実現できないのだが、それはそれとして、実現に向けて動いていると知らなかったことが見えてくる。そんな中一番大きいのは、ビル、劇場の壁にアンカーを打ち込むにはどうしたら良いかということがわかったことだ。従来だと、ビル、劇場の所有者から一方的にダメといわれたものだが、今回動いていて見えてきたのは、実はアンカーを打ち込んでも建物に対する影響はなく、問題はどこに打ち込むかということ。コンクリートの壁には、その中に鉄筋が入っているが、この鉄筋に打ち込むアンカーがあたってしまうのが問題で、もしも打ち込むアンカーが鉄筋に当たってしまうと、そこに空気が入り、鉄建がさびてしまうというのが最も問題になるということだ。
実は、この壁の中に入っている鉄筋を外から調べる器具があるのを教わった。壁面から10センチ以内にどのように鉄筋が入っているか、超音波でチェックし、それが画面に表示される器具があるのであった。この器具を使い、中を調べて鉄筋に当たらないようにアンカーを打ち込む。アンカーの先の壁の中に入る部分が、10センチ以内で、しかも引く力が5トンまで耐えるものとか、いろいろあるのだ。これは今回の大収穫の一つだ。そのほかに380Vのモーターを回すためには、200Vの電源からトランスに接続すれば、380Vを作り出すことができるとか。しかしそのトランスの重さが360Kgあるとか。いろいろ勉強になる。それにしても、劇場、大きなスペースの中でサーカスをやるのは大変な準備が必要なのだ。
昨日、ウクライナに行っていた大島・辻両君無事帰国。といってもウオッカ攻めにあって、ヘロヘロの様子。仕事は大成功だったようだ。うれしかったのは、以前サーカス村協会のプロジェクトとして行った、女性クラウンのタミラがいまも、僕が原作を書いた"クラウネス・タミラ”を公演し続けていると聴いたことだ。作品を作ることが使い捨てにならず、その人の作品として残っていくこと。そうした作品を作りたかっただけに感動である。この作品のキエフ公演が2月2日で、大島・辻両君は見れなかったようだが、今度なんとしてでも見に行こうと思う。
反面、クリューコフに演出を依頼し、作り上げた”五人囃子”はウクライナ公演を行い、その年は公演を続けたものの、以降、5人がバラバラになり出来なくなってしまったことも考えなくてはならないことだ。国の事情が違うこともある。だがそれ以上に、クラウン、クラウネスを目指すことがどういうことかということも関係しているように思う。いつの日にかサーカス学校として、継続して上演できる作品を生み出さなければならないということでもある。

★1月26日

本当は今日からウクライナ・キエフ行きだったが、残念ながら中止。ACCの大島・辻両君に行ってもらうことになった。というのも、スウェーデンのサーカス・サークールの公演が出来るかどうか、いくつか難問があり、それをクリアしなければならず、この重要な時期に会社を開けるわけにはいかなくなってしまったのだ。キエフの仕事は、むこうでオーディションをして、新しいアーティストの資料収集なので、出張組から僕一人抜けても支障なしとの判断もあった。だが、ナジェイジダ先生には会いたかったし、キエフのサーカス学校の入学している高村・萩原両君の様子もしりたかったのだが、仕方なしと諦めた。ところで先日、野毛大道芸の福田・大久保両氏にお会いする機会があり、今年の大道芸大会に、サーカス学校としての参加要請をいただいた。一部のサーカス学校生徒は別枠で参加するので、いささか演目的には苦しいところもあるのだが、折角のビッグチャンスなので、頑張って技を磨いて出演させていただくことにした。
それにしてもサーカス・サークールの公演は大変である。アンカーを打つ工事、仕込みの問題などなんとか解決策にたどり着こうとしているが、会場のある照明や道具類だけではカバーできないものを用意しなければならず、相当のお金がかかる。後一歩、そのあたりを詰めきらないと公演できない。辛いところである。

★1月17日

今、というのは17日11時過ぎに、スウェーデンから帰国。まったく雪なしの暖冬の北欧。目的のサーカス・サークールのショーを、ストックホルムのコンフェランスホールで、2回鑑賞。良かった。!!。 なんとしてでも、東京公演を実現しようという気になって、戻ってきた次第。
ところで、東京キネマ倶楽部の公演日を間違えしまった。ごめんなさい。2月18日の金曜日に訂正します。

★1月12日

お正月は読書三昧というか、ただただ本を読んで、後は寝ていた次第。で早くも新年を迎えて2週間が経とうとしている。明日からはスウェーデン。寒いだろうな。昨夜は、誕生日にベレー帽をプレゼントしてくれたアンナマリアにお礼を含めて、吾郎さんの店で一杯。それと我が家特性のなまチョコ。
 2月28日、JR鶯谷近くの東京キネマ倶楽部という、現在は貸し小屋になっている元グランドキャバレーで、カバレットシアター第5弾を開催。そこに、奇術の藤山新太郎師匠、山本光洋、三雲いおりなどの諸先輩方の末席を汚して、サーカス学校のジャグラー森田智博君が出演しますので、ぜひ、皆さん、見に来てください。チケットはローソンチケットでお願いします。Lコードは38034です。
 サーカス学校夏の発表会には、ダンサーの方に参加してもらおうかと思い、今、交渉中。ダンサーが入ってどうなるかはまだ絵が見えてこないのだけれども、なにか作れるのではないかという気がして、模索中。シアターXでやっているダンス作品とは違うもので、ダンスとのコラボレーションではないけれでも、そこに創作的なものが浮かんでくればいいなという感じだ。

★1月5日

この日記を読んでくださっている皆様、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
さて、混迷というか世界がますます壊れていくだろう2005年。これからは自己確認というか、己がいかに生きてゆくべきかを問わなけ ればならないことになるに違いありません。勿論、愛がどうのこうのといった、状況無視のドラマの世界に逃れることも可能かもしれませんが。現在サーカス学校は冬休み。寒い東村に閉じこもって生徒もいれば、スキー場などに稼ぎに行っている生徒もいます。ぼくは、この13日からスウェーデンに、サーカスサークールという、コンテンポラリー系のサーカスを見に行ってきます。愛知博に一日だけ公演するのですが、その後、東京でデモストレーションをかねて公演できないかというオファーを受けて、でもとにかく本物を見て、果たして東京のどこかで出来るのか、セットを含めてチェックしなければならないというわけです。
サーカス学校4年終了の7月、いかなる発表会をやるか、まだ、いいアイディアは浮かばない。但し、サーカス学校の生徒だけではなく、他のアーティストの参加も要請したいな、と。昨年は多くの大道芸アーティストの方々に参加していただき、発表会を行ったが、今回はサーカス学校の生徒と他のアーティストが共同で演技するような試みが出来ないかと。例えばダンサーとの組み合わせとか。まあ、すべてはこれから。
正月休みに、ついに12巻で完結した『ダレンシャン』、田中純『死者たちの都市へ』、中西準子『環境リスク学』、石田衣良『ブルータワー』など、相変わらず、乱読。読んでるだけでではなく、そろそろ、なにかきちんとまとめなくちゃいけないけど、さて。

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