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村長日誌(2006年10,11,12月)
★12月30日

28日(木)
午前中は、ベルギーサーカスのお誘いをメールする。PM3:00からシアターXの来年の”ダンス・パントマイム・クラウンの夕べ2007”のうち、ダンスに参加するダンサー、音楽、書、美術などのメンバーがシアターXのコンミューンXに集まって、最初の顔合わせを行なった。今回参加のダンサーの人々はそれぞれがあるダンスのジャンルで個性を発揮しているので、果たしてどのようにまとめていけばいいのか、かなり難しい問題だが、そこのところにチャレンジできるのが嬉しい。それぞれの個性をいかに出してもらいながら、共生させていくかだ。何人かで、軽く飲んで分かれる。

29日(金)
午前中は、メール送信。昼過ぎ、床屋に。PM3:00からシアターXで、ケイ・タケイ&林昭夫先生(建築家)の作品を見る。ある種のコンセプト・ダンスというべきか。でも何かが不足している。それはなんだろうか。6時から、シアターXの忘年会。

30日(土)
家で一日。掃除、その他。


★12月27日

25日(月)
パスポート紛失で、朝一番で太田市のパスポートセンターに行く予定だったが、昨日、辻君から”パスポートありましたよ、僕のパソコンバックにはいっていました”との連絡。そういえば、前回モスクワに行く時、彼のバックを借りていったのだった。そこ入れっぱなしにして、バックを返却したというわけだ。とにかく出てきてよかった。まあ、使っていないページが残り1ページしかないので、どっちみち、近いうちにパスポートセンターに行かなければならない。
というわけで、朝、慌てずに資料館をでる。今年はえらく暖冬ムードなので、水道の水抜きは不要かもと思いつつも、急激に冷えこんだときに、関口さんにお願いするのも悪いので、元栓を締めて、水抜きをする。10時に資料館を出て、東京に。2時前にACC事務所に。実は、今日からACCとしては冬休みなのだが、フェリアのこともあり、ほとんどが出社。
夕方、葉山の母親のところに。母の誕生日、今年、90歳。

26日(火) 
朝から雨、雨の一日。オフィスでひたすら年賀状書き。合間を見て、電話でフェリア販促活動。夜は、領民企画の徐社長、金平さんらの接待を受ける。久しぶりに徐社長に会う。徐さんが甕回し(ヘッドバランス)のアーティストだったことを知る。昔の雑技の話に盛り上がる。土砂降りのなか、南林間に帰る。

27日(水)
出社。年賀状書きだ。


★12月24日

22日(金)
朝10時からリハーサル。なんとかいけそうだ。後は本番で失敗しないように祈るだけ。11時55分沢入着で、ACCの哉ちゃんが来てくれる。
沢入駅に出迎え、資料館に。哉ちゃんに12時46分、神戸駅に北海道からのお客田中さんを迎えてもらう。2時過ぎ、学校へ。サア、本番という感じだった。本日のお客27名。初日に27名というのはビックリ。10人来ればいいと思っていたからだ。例年初日はほとんどお 客がいない。これだけのお客が来たのは、モスクワやロンドン行きの生徒が出てきたからだろう。嬉しい限りだ。
 んとか大きい失敗もなく公演できる。終演後、サンレイクの露天風呂に。風呂から上がって、休んでいると、ショーを見に来てくれた方がいて、素晴らしかったと感想を述べてくれる。もっと多くの人に見てもらえば いいのに、とも。もちろん、そう願っているのだが。
夜、北海道からのお客田中さん、哉ちゃんと飲む。田中さんがショーを見て、フランスのフナック(国立サーカスセンターのサーカス学校)の卒業公演を思い出したと語る。ぼくとしては、足元にも及ばないと思っているだけに、嬉しいやらどこかこそばゆいやら。
電話が鳴る。今日の公演を観て、感動したが、あまりカンパできなかったので、明日、運動靴やスポーツウエアを差し入れるという。なんでも桐生でスポーツ店をやっていたが、店を閉めて在庫があるのでそれを差し入れてくれるという。なんともありがたい話だ。


  23日(土)
午前中、田中さんを神戸の駅に送る。
昼、サーカス学校に。すでに桐生の山内さんが見えている。運動靴、スポーツウェア、アンダーシャツなど大量に持ってきてくださる。みんな目の色を変えて、選ぶ。
1時前、ACCのメンバーと照明の宮野氏が現れる。宮ちゃんが来てくれたのは、なんとも嬉しい。星野のことを思いだす。彼がここサーカス村に来ることはない。いや、今、彼はサーカス村・サーカス学校に1時過ぎ、観客が見え始める。
東京からも何人か。100人近い観客。何人か知り合いも見に来てくれている。
前般の部分は昨日よりミスが多く、大丈夫かなと思ったが、後半はほぼ大きな失敗もなく終了。最後に挨拶をしようとすると、僕の誕生日を祝って、生徒たちが贈り物をくれる(後であけてきると、若者が好みそうな冬物もブルゾン。コレを僕が着るのかとおもったが、生徒の贈り物である以上、大切に着るしかない)
アンコールの声が掛かり、アンコールの作品を用意していないので、オープニングで上手くいかなかったところにトライ。上手く出来る。それでもお客が席を立たないので、これでおしまいですとアナウンスする。  演後、東京から来た人たちと話す。多摩美術大学の中沢新一先生が指導している芸術人類学研究所の研究員の人々が4人ほど。”新猿楽Toera”のメンバー。
なんでも、日本の文脈から生れれ出る新しいサーカスを創造するために結成したとのこと。そこには”かつて人間と共に舞台に立っていた動物との関係を問いつつ、スペクタクルの内に新しい関係性を再現することを目的とする”。これは難しいぞ。動物愛護の問題をどのようにたちむかうのだろうか。
6時から、国民宿舎サンレイクで懇親・打上げ。ナナのファンの女性2名、真理の父親と姉、会員の菅谷收氏、宮ちゃん、ACCのメンバー4名、ナージャ先生、関口さん、それの生徒全員、全員で33名。一人ずつスピーチして、カラオケ。僕は早々にダウン。飲みすぎではなく、睡魔にダウン。今夜はサンレイク泊まり。


24日(日)
朝6時30分、サンレイクの露天風呂に浸かる。今年も無事に発表会ができたのだ、という実感が沸いてくる。朝飯を菅谷收氏と。
9時半、宮野さんがACCのメンバーを車に乗せてくれるというので、サンレイクの玄関先で、皆と別れる。ぼくはサーカス資料館に。いささか残務があるのに加えて、明日、太田のパスポートセンターに行く予定だからだ。どこにいったのか、パスポートが見当たらない。新規に作り直さなければならない。
資料館で、手紙、メールなど。それに薪割り。白菜の漬物作り。
夕方、ナージャ先生を成田に送ってくれたフクちゃんと篤君。先生の家の寒冷対策をフクちゃんにお願いする。


★12月20日

発表会のリハーサル。個人差が出てくるのはいいのだが、研究心がたりないのと練習不足には、やはりある程度厳しくあたらなくてはならない。このサーカス学校でぼくがモットーとしているのは、自主性を育てるというか、自主性に任せたいのだが、それがないというはなんとも歯がゆい。これからのサーカスを志すものに、最も必要なのは自主性であり、それは怠けるということでなく、目的に向ってひたすら切磋琢磨することなのだ。そのひたむきさがなければ、海外のサーカ・スアーティストと比肩できるレベルに到達するのは無理である。
ぼくは自分の中で、これまでのサーカスは死んだと認識し、これからは新しいサーカスを育む土壌を作り出すことに専心すべきと、心を決めた。といって、それにはサーカスをやろうとするものの自主性が不可欠だから、道は目が眩むほど遠い。


★12月19日

今日は、大阪から体験入学に来たナオキ君を乗せ、9時にサーカス学 校に。皆に紹介し、先生に”面通し”し、午前中は、皆の稽古を見る。発表会が近いので、それぞれ頑張っているが、それでも、怠け者は怠けて いる。あるいは、サーカスにむいていないのかもしれない。世界が歪んだ方向に進んでいて、サーカスの世界もいい方向に向っているとはいえない気がするが、といって、サーカスという、練習を繰り返すことでしか習得できない技の世界で、その練習を繰り返すという努力が出来ない者はやはりやめたほうがいいのかもしれない。やめさせたほうがいいのかもしれない。それを本人が自覚できるかどうか。自覚できないままズルズルやっていても仕方がない。本人も悩んでいると思うが、僕もつらいところだ。
オリンピックを目指しているヤツを訓練するほうが楽かもしれない。それは、練習するヤツが、自分に無理だと思えば、そこでレースから降りだろうし、基準というものが歴然としているから、そこに到達できないものは、”はい、それま〜でよ”と切り捨てればいいのだから。
午後は、少し薪割りをする。息切れがする。それが気持ちいい。夕方、サーカス学校に舞いもどる。練習しない生徒に、先生が切れている。サンレイクの露天風呂にナオキ君をつれてゆく。 夜、関口事務局長が資料館に。すこしばかり話をする。


★12月18日

昨日見た”エアリアル・ダンス・アート・ダンス・プロジェクト公演”コンテンポラリー シルク”は今、ひとつだった。最初の”雨”という作品は、このグループの発表会とでも言うべき作品で、ワイワイガヤガヤで、ならば、ワイワイガヤガヤとやればいいのだが、”雨”にイメージを受けて、という作り方が観念的で、その観念が消化不良にしか見えなかった。さて、他の観客はどのように見たのであろうか。
このグループを率いる和井田久美子が主演する”蜘蛛の糸”なる作品、芥川龍之介の”蜘蛛の糸”を、和井田のいう”エアリアル・アート”での身体表現ということになるだろうが、こちらも観念的で、和井田はじめ、シホォン=ティシュのアーティスト、男性ダンサーの技量は高いのだが、それらの技量を素直に見せるのではなく、意味ありげに見せるところが、いわば”美味しく”なかった。自分たちはアートでなければならないというところにこだわるために、ある種、墓穴を掘ってしまっているように見えた。スポーツ、サーカス、ダンス、そしてアートという言葉に翻弄されているのではないか。
で、今日は、昼過ぎ、サーカス学校に体験入学にきた、大阪の18歳の青年を連れて、車でサーカス村に。今日は、多分、本年一番の寒さ到来だろうか、サーカス村もぐんと冷え込み、ストーブのドンドン薪をくべても、資料館はなかなか暖まらず。おまけに、国民宿舎サンレイクは休館 日で、露天風呂に入れなかった。


★12月15日

午前中、サーカス学校で生徒の稽古を見る。1時、資料館をでて、ACC事務所に向う。雑用処理。今夜は、プランBに山本光洋の「かかしになるために」を見にいく予定。明日は自宅。明後日は、エアリアルダンスを見る予定。


★12月14日

13日(水) 朝9時過ぎ、藤山晃太郎さんとサーカス学校へ。みんな元気に練習している。午後3時から、発表会の練習。英祐君の考えた芸番通りにやってもらう。うまくまとめているので、この通りにやろうかと思う。
ただ今回はオープニングは静かに始めようと思っていたのだが、フィナーレのショーがオープニングにむいているので、オープニングに使うことにし、そのために今回は静かに始めようとした案は流すことにした。5時30分終了。サンレイクの露天風呂に。この時期になると、風呂でからだを温めてから資料館に戻らないと、いつまでも冷えた身体でいなければならない。夜、関口さんに来てもらったので、雑務処理し、飲む。痛飲のいち夜。

14日(木) うーん、飲みすぎたなという目覚め。なんとか起き上がって朝飯を作る。晃太郎さんを学校に送る。関口さんが昨夜もって来てくれた白菜、中華ラーメンを生徒に分けた後、角屋さん(資料館に一番近いやまざきパンのチェーン店)によって、なす、豆腐にペットボトルワンケースを購入。ペットボトルのお茶は、この週末、地域の道路掃除に出れないので、区長さんに家に、皆で飲んでもらおうというもの。田川さんの家には、ラブラトールレドリバーが2頭、ゴールデンレドリバーが1頭いるので、伺うと思うと、なんとなく気分がうきうきしてくる。まあ、我が家で再びラブを飼う事もないだろうが。
午前中、すこしばかり薪割り。関口さんが原木を大量に薪サイズ(30センチ前後)に切ってくれているので、後は斧を振るって、それを割ればいいのだが、やりすぎると、ぎっくり腰になってしまうので、要注意。 昼はカレーライス。レトルトのカレーに、じゃがいも、人参、肉少々を加える。カレー粉、ケチャップを足す。
PM3:00からリハーサル。小返しをしながら、進める。
今夜は、ビール少々。なすマーボ、豚肉にたっぷりとニンニク。豆腐と白菜のスープ。醤油、酢で味付け。夕方から雨。今夜は静かに過ぎていく。  


★12月12日

9日(土) 玉川学園大学芸術部の卒業公演を見にいき、太宰先生にお会いし、フェリアのチケット販売のお願いをする。

10日(日) 家で休養。

11日(月) 事務所でフェリアの切符をさばく。夕方、岡さん、多田さんらに会う。

12日(火) PM2:00、尺八の榎本秀水さんがACCに来てくれる。PM4:00、サーカス村に。藤山晃太郎さん同行。練習に。今、雨が降っている。サーカス村は雨か雪か。敷島の大和おのこの行く道は、赤き着物か白き着物か、、、。


★12月8日

2日(土)  明日からシャングリラの会場下見が始まるので、一日のんびりとおもっているところに、ロシア語通訳の高橋氏から電話。 明日、成田空港に来るジーマ、ジェーニャがフラフープ100本を持ってくるとのこと。フラフープ100本は、僕がカスチュークの奥さんタチアナさんにお願いしていたもので、シャングリラ公演とは関係もないので、これは高橋氏にお任せしておくわけにはいかないので、明日は成田に行かなければ。

3日(日) 10時過ぎの町田発の高速バスで、成田空港へ。飛行機は1時間遅れ。ジーマが固く梱包したフラフープ100本を転がしてながら出てくる。まるで大きなタイヤのような形状をしている。ジーマはフラフープのほかに、タチアナにお願いしたブブリック(頭同士の倒立をするときに、頭と頭の間におく道具)も持ってきてくれた。フラフープ100本はそのまま宅急便でサーカス学校に送る。その後、のんびりと電車を乗り継ぎ、木更津の手前の袖ヶ浦に。ここにある千葉オクトスタジオから今回のシャングリラ会場下見が始まる。帰りは東京湾アクアラインの高速バスで川崎へ。

4日(月) 10:00発の飛行機で、広島に。広島グリーンアリーナ下見。新幹線で大阪に戻り、19:00から大阪城ホール下見。夜、みんなと飲む。

5日(火) 8:10の新幹線で、大阪から福岡へ。マリンメッセ福岡下見。15:10の飛行機で東京戻り。

6日(水) 15:00。全日空ホテルで、シャングリラVの報道発表。

7日(木) 10時集合。横浜アリーナで下見。その後、一度、ACCに戻り、雲母社で16時からシャングリア打合せ。

8日(金)今日は、代々木競技場の視察。その後、スタッフ一堂は名古屋へ。僕は申し分けないが、開放してもらい、ACC事務所に。フェリアのチケット販売、それに今日は本年最後のサーカス村月例会。


★11月30日

28日(火) リトルワールドで公演していた、ロシアチームの一人、マリーナを連れて、サーカス村に。彼女はロープ、フラフープが出来るので、生徒たちに教えてもらいたいト、彼女だけ帰国を三日ほど延ばしてもらったのだ。3時学校について早速ロープの演技を見せもらい、練習を始めた。夜、ナージャ先生、ロシア行きの篤君、フクちゃんそれと練習に来ているプレジャー企画の四人、それに関口さんも来てもらい、マリーナの歓迎会。

29日(水) 終日、マリーナ、ロープとフラフープの指導。夜、今度は昨日は風邪でこれなかったひろみ君とロープ、フラフープの生徒たちとマリーナとの歓談。料理人のぼくはいささか疲れた。

30日(木) 11時まで、マリーナ指導。その後、東京に戻る。今日は、新宿・吾郎ちゃんの店に連れて行く予定。


★11月27日

22日(火) 今日から女房、沖縄一週間。

23日(木) だいがくの同窓会。鎌倉で。食事だけ付き合い、帰宅。なにせ明日はサーカス村とんぼ返りの予定。

24日(金) 朝7時過ぎに南林間をでて、サーカス村に。栃木県小山市から中学3年生が体験入学に来るというので、とにかく会わなければとでかける。1時間ほど学校にいて、Uターン。6時過ぎ、ACCに事務所に。仕事する。

25日(土)  新宿ブラッツに、岡庭秀之さんの『開座』の”金蹄”を見に行く。暗黒舞踏系。最後に脚立と箒で、人がたのオブジュ作りあり。どこかまとまりがないというか、あれこれ盛りだくさんでそれが面白いといえば面白い。

26日(日) 自宅で、新聞整理。

27日(月) 3月のシアターXの”ダンス・パントマイム・クラウンの夕べ2007”のチラシ原稿。北海道新聞”フェリア・ミュジカ”の原稿UP。今日は千客万来というか、三浦さん、木村君、三雲君来社の予定。リトルに来ていたロシアグループの送別会にはでれそうもない。


★11月21日

13, 14, 15日は、某会議で終日、カンズメだった。

14日(火)には、クラブチッタのアンカー打ちがあり、8時30分チッタに。

16日(木) 午前中ACCに、衣装の柴田景子さんが、啓&篤の衣装の仮縫いを持ってきてくれる。なかなかいいので、そのまま作ってもらうことにする。

17日(金) みんなにあう。午後フクちゃんと買い物。サーカス村会員以外で会報を送りたい人へ、手紙を書きながら、封筒詰め。

18日(土) 久しぶりに薪割をしたり、掃除したり。夕方、啓&篤のリハーサル。手直し。夜、久しぶりのナージャ先生、フクちゃんと飲む。

19日(日) 今回の土、日曜日の課題。『雨月物語』のダンススクリプトを書き上げること。それをなんとかこなす。タイトルは『雨月遊戯』とする。遊戯=いいじゃないかプロセスでもある。

20日(月) 午後、啓&篤のリハーサル。もうひとつピリッとしない。ないものねだりの感も。

21日(火) 今日、東京にもどらなければならない。その前に、夕方、みどり市文化会館パルで、啓&篤(ディオ バンプカ)のショー。上手くいくといいのだが。 


★11月13日

9日(木) サーカス学校に行き、一日、雑用。昨夜は久しぶりに関口さんと美味しいお酒。

10日(金) 昼過ぎ、資料館を出て、東京に。途中、東町庁舎(旧東町役場)によって、危険物、蛍光管などの収集日を聞いている内に、みどり市になってゴミの分別が変わったと知らされ、資料館に戻り、出したばかりのゴミ(カン類とビン類)をゴミ収集場所から回収。つまりいままで燃えないゴミだったこれらが資源ゴミになったのだ。ゴミ収集ケージには、カン、ビンががいっぱい。さすがにそれらをもって帰る親切心はナシ。 消防署に寄る。このところ、救急車の出動が2回も続いたので、そのお礼。 東京に戻って、関口さんのお土産の銀杏を皆に配って、サーカス村月例会に出席。その後、吾郎ちゃんの店にちょっと寄って帰宅。

11日(土) 出社して、一日、サーカス村会報作り。

12日(日) 久しぶりに自宅。で、「雨月物語」のダンススクリプトを少しだけ書き進める。もうひとつ、霧が晴れない。モスクワのホテルの書架で見つけた安岡章太郎著『果もない道中記』にはまっている。これがなんと、あの『大菩薩峠』について、まさしく一行一行を読み解いていくような本で、批評などという類の本ではなく、いわば『新釈大菩薩峠』のような本なのだ。昨年暮れから本年にかけて、それこそ何ヶ月かかけて、僕自身、『大菩薩峠』を読み、その後も『真田太平記』はじめ何冊かの時代小説を読んでいた僕にとって、この本との出会いはななにか運命的なものを感じる。折をみて、またこの本について何かを書こうかと思うが、いろいろなことを教えられ、また、ふしぎな縁のようなものを感じる。今、『新釈雨月物語』のダンス台本に苦労しているのだが、その『雨月物語』の「青頭巾」が、この『果もない道中記』に出てくるのである。参った参っただ。


★11月9日

6日(月) 前々から飲みましょうと話していた方と痛飲。明大前に沈没。

7日(火) 昨夜の痛飲が利いて、昼過ぎ出社。夜、田中穣さんにあって、カンボジア公演の協力をお願いする。リトルワールドに来ていたイシャムジンの送別会があったが、そちらは遠慮した。

8日(水) 11時過ぎ、事務所を車で出て、サーカス村に。関短大での公演であった生徒たち以外の生徒たちに会うのは、10数日ぶり。体育館に入ると、皆の元気な顔。このところ、怪我が多かったのでホッとする。ナージャ先生、生徒たちに挨拶して、早めに資料館に。携帯に澤近さんから連絡。足尾に行く途中にサーカス学校によったとのこと。ちょっと、タイミングがずれて、会えなかった。残念。沢入の診療所、草木ドライブインに、モスクワのおみあげ。草木ドライブインで4日、学校の生徒ではないが、大道芸に来ていたプレーヤーが怪我をしていて、ご迷惑をかけたということもあって、お詫び。


★11月6日

4日(土)、モスクワから帰国。事務所で荷物を解き、身軽になって、館林市の向う。明日の関東短期大学アゼリア祭のサーカス学校公演に備えて。車で一度、サーカス村に入っても思ったが、時差ボケで、運転中、居眠りをするのはやばいなと思って、館林のホテルに一泊することにした。館林に6時過ぎに到着。
関東短期大学で日本文学を教えている長沼先生と、街中の焼き鳥屋さんでいっぱい飲む。

5日(日) 朝8時。関短大学に。やがて2トントラックと他の車2台で、生徒たち登場。早速、会場の関東大学付属高校の体育館で準備開始。公演は11時と14時の二回。各回とも150以上の観客があった。夕方4時過ぎ、みんなと別れて帰宅。久しぶりの我が家。風呂に入って食事して、大きなため息をついて就寝。


★11月3日

11月29日(土)からモスクワに来ている。30日には今期の初雪で、早くも冬到来の気分を味わう。ホテルの窓から、夜の、銀世界を見ていると、なぜか日本が身近に感じられる。ふしぎな気分だ。もう10年ぐらい前か、ACCのメンバーと2泊3日の強行スケジュールで、冬のモスクワに来て、雪のなかをあちこち歩き回ったことを思い出している。毎日、打合せに追われているので、観光する時間はないが、市内の車の多さ、ビル建設ラッシュ、ネオンサインの広告塔の多さを目にすると、モスクワが急速に発展しているのを痛感する。上海の急速に発展する姿を見て、なぜか中国に親しみを感じなくなってしまったことが脳裏を掠める。
観光客の感傷に過ぎないし、それぞれの国が発展することを、よその国の人がとやかく言えたものではないが、都市化する風景に僕はあまり馴染めない。それこそ、観光客というか旅人の身勝手な印象でしかないし、そんな気分になるのが、旅人の一般的な感情作用なのだろうが。


★10月27日

23日(月) 昨夜、夜遅く、名古屋プレジャー企画のチャン君ら3日到着。明日から体験入学。まあ、彼らの場合は、体験入学というよりも、これまでも何回も来ているので、短期訓練に来たといったほうがいい。それにしても熱心なグループだ。彼らが何回も来る、その理由のひとつはナージャ先生の指導が素晴らしいからであるのはいうまでもない。
朝9時、学校へ行くと、松本真理ちゃんのお姉さんとその友達の天野さん、こちらは純粋な体験入学。それに、11時過ぎには、静岡から翼くん(高校3年)がやはり体験で来る。7人もの、体験グループとなって、体育館は満員状態。そのなかで、生徒たちは、今後の公演のリハーサル。

24日(火) 朝から一日、雨。この日は、午前中は、僕は資料館で、雑用をこなす。雑用の山というか、いくらでも仕事がある。もちろん、炊事、洗濯、掃除と主夫的仕事も。午後は学校にいってリハーサル。あまり中途半端なリハをやるので、思わず、持っていたノートを床に叩きつけて怒ってしまった。久しぶりの激怒。夜は、鰤の煮つけと豚肉のしょうが焼き。皆良く食べる。といっても、夏の合宿時ほどではない。

25日(水) 午前中、サーカス学校へ。午後資料館で昼食。その後、プレジャーの人たちと別れて、笠懸文化ホール”パル”へ。翼くんには、サーカス学校の生徒たちの生活を覗いてこいと、男3人暮らしの家に。その住人たち、部屋を片付けていないので、戦々恐々!?
”パル”では、11月21日にみどり市の市民感謝の日に、演技する香山君と高村君の演技の打合せに、関口さんと一緒に。その後、関口さんと別れて、前橋のマーキュリーホテルに。明日早朝、早朝講和をしなければならない。ホテルに早く着いたので、桐生タイムスの原稿を一本書く。6時、倫理研究会の桐生さん、他の方々数名と、美味しいそばやさんで食事。明日朝は、5時過ぎ起きなので、11時すぐに寝る。

26日(木) 朝6時15分から50分間、講和。どのようにしてサーカス学校を立ち上げたか、サーカスは文化なのかどうかなどを話す。居眠りをしている方々もいたが、僕も聞く側だったら、居眠りしたことだろう。7時過ぎ、朝食をご馳走になり、鴻巣の笠原文化会館に。9時過ぎに尽きたかったが、9時半に。それでも話しは出来て、10時過ぎ東京に向う。昼前に、ACCのオフィスに。夕方まで仕事。日本古典奇術の藤山新太郎一座の公演の楽なので、シアターに、師匠それに晃太郎さんにも会って、その後ショーを見る。安部ちゃんが来ていた。ショーの後、新宿の飲み屋”中ちゃん”に。フェリアの宣伝をする。

27日(金) 一日、ACCで仕事。明日からモスクワなので、少しでも片付けようと、ピッチをあげて、次々と。但し、5時過ぎには、叔父の通夜に向わなければならない。


★10月22日

20日(金) 尺八の榎本秀水さんから電話があり、来年の「雨月物語」で尺八を吹いてもいいと。ひゃーと舞い上がる。 午後2時、シアターXで白石征演出の「花田清輝の泥棒論語と私たちの非暴力論語 ええじゃないかぁカーニバル編」を見て、その後の「泥棒討論会」に出席。出席というか、こちらは進行訳を仰せつかって、なんで、僕が、というプレッシャーがあったが、恥をかくのも人生と引き受ける。 作家の小沢信男さん、演出の白石さんらと舞台の縁に腰掛けて、参加してくださった方々と雑談風に。評論家の武井照夫、作家の野呂重雄、詩人の鈴木志郎康らはじめ、錚々たる方々がいらして、肝っ玉が縮みあがりながら、進行を。
7時過ぎ、事務所を出て、サーカス村に。

21日(土) 朝から一日、明日の前橋市国府小学校の公演のリハーサル。
昨夜、退院したひろみも、大一輪車で出演できるというので、少しほっとする。夜、資料館で、取材に来ている日本テレビの宮本さんらと飲んでいると、ウクライナ帰りの崇と直之の両君が話がしたいとやってくる。崇は、ウクライナでウクライナの人々がいかに真剣に生きているか、サーカスを目指す若者がいかに真剣かを体験的に知り、かなり刺激になったようだ。

22日(日) 今日は、前橋市国府小学校・父兄参観日行事に呼ばれて、この学校の体育館で公演。生徒数327名、父兄の150名以上見えて、かなりの大人数の前での公演。みんな、緊張していたようだが、無事に終了。これから11月中はかなり公演が立て込んでいるので、大忙しだ。その間、ぼくはモスクワ行きも入っているので、関口さんにご苦労をかけてしまう。夕方、8時過ぎから雨。あすは冷え込むかな。


★10月13日

13日(金) 資料館に昼過ぎまで。掃除、洗濯などに追われる。1時、学校で、ウクライナからもどってきている萩原崇の作品を見る。クラブと正三角形の道具を使ったジャグリング。なかなか良くできている。アメリカインディオの一日をイメージして作ったという作品で、ジャグリングのなかにストーリー性を持ち込んだ作品だ。ミスをなくすこと、舞台をもう少し大きく使う。そのために、ジャグリングの道具を使わず、アクロバットなど、身体表現の間を作ることが課題だ。
ひろみの両親が見える。本人はそれほどダメージを受けていないようだ。手術の経過もいいようで、14日から流動食を摂れるとのこと。この際だから、演技のことは考えずに、ぼんやりした時間を持つよう、両親に伝言する。
午後4時から、明日のNHKのナマ放送のリハーサル。明日は5時30分集合。みんな何も食べないで来るだろうから、冬瓜と鶏肉にスープを仕込込んでおくことにする。丁度いいことに、大間々の仮装大会で3等に入賞したガスボンベのコンロが学校にある。
今日で、ピロル菌退治の投薬は終わり。一週間、禁酒禁煙が終わる。
明日は、MHKの後、東京に急ぎもどらなければならない。


★10月13日

11日(水) 朝9時過ぎにサーカス学校に。みんな元気な様子。それにしてもここサーカス学校はすでにいくら寒さが感じられる。身体を動かしている生徒たちはいいが、何もしないでいると、もう一枚羽織りたくなる。 ウクライナ・キエフのサーカスから帰国した萩原崇が来ている。ぐっと身がしまっている。ウクライナ経験はよかったようだ。
NHK-TVが14日の生放送のため、打ち合わせてくる。中継は、朝の6時30分の全国版と7時40分からの首都圏版とのこと。
FM群馬がひろみと篤の取材に。夕方、直が膝の靭帯を痛めて病院に。久しぶりにサンレイク草木の露天風呂に。直からの電話で、靭帯が伸びてしまったとのことで、全治一ヶ月ほど。これからいろいろなイベントが入っているので、彼の怪我は痛手だが、それよりも早く治してもらわなければならない。

12日(木) 一日資料館で仕事するつもりだったが、郵便局に行く用事ができたりして、学校に昼前に行く。で、ひろみが一輪車の稽古中、落ちて、口にくわえていた道具が口の中に強く当たって、怪我する。すぐに村の診療所に行かせたところ、怪我のところに折れた棒のかけらが入っているといけないので、大きな病院へ行けというので、村の救急車で、病院に。で、口の中の傷で、黴菌が入るといけないので、即入院しろとの医者の言。
NHKの中継はあるし、15日には渋谷での公演が控えているが、といって、医者の判断を無視することは出来ない。で、入院・手術。手術は無事終了。退院まで一週間。まいった〜。


★10月12日

7日(土) 11時、ケイさんのスタジオへ。『泥棒論語』の稽古は2時からということなので、ACCの事務所に。2時にスタジオに戻る。4時に出て、大船の病院へ。今日からピロリ菌の駆除。

8日(日) なぜか、自宅にいるといった気分。ピロリ菌の薬を飲み始める。ということは、今日から一週間、禁酒・禁煙である。

9日(月) 休日だが事務所へ出て、サーカス村会報発送準備。3時過ぎシアターXに。4時から、IDTFの反省会。

10日(火) 朝はサーカス村会報発送準備。MRの結果を聞きに、病院に。異常なし。シアターXへ行き、清水さんと来年のダンスの作品について打合せ。事務所に戻り、再び会報発送準備完了。4時30分、事務所を出て、サーカス村に。8時30分到着。


★10月3日

9月29日(金)  朝8時過ぎにフクちゃんと前橋に。国府小学校、前橋市のファミリーサポートセンターで、サーカス学校公演会場の下見。その後、フクちゃんと別れて東京に。ACCの事務所に出て、夜はサーカス村月例会。洋子さんが、カンボジア、チリのサーカス報告。

9月30日(土),10月1日(日) 自宅で休養しつつ、来年3月の”ダンス・パントマイム・クラウンの夕べ”のなかのダンスのコンセプトについて書いてみる。シアターXから連絡あり。花田清輝『泥棒論語』の公演期間中に、”泥棒討論会”を行なうので、議長をやれとのこと。これ、大役というか僕に勤まるわけはないのだが、恥をかくつもりで引き受ける。

10月2日(月) 6時30分に、南林間の自宅を出て、事務所に。すこし仕事をして、川崎のクラブチッタに。今日は11時から、ベルギーのサーカス”フェリア”の打合せ。べルギーからはセルジュに来てもらっている。なにしろ、会場にいくつかアンカーフックを打ち込む必要があり、こちらで一方的に場所決めできないので。書類のやり取りだけはどうにもならないのだ。5時30分事務所にもどり、7時から別件で、渋谷で打合せ。 


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