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村長日誌(2006年4,5,6月)
★6月30日

24日(土) 午後1時からダンスの稽古。

25日(日) 午前11時からダンスの稽古。

26日(月) 事務所で雑用処理。夜、星野正弘君と桜木町で痛飲。

27日(火) 今日はよっちゃんの結婚式なので、南林間の自宅でのんびりと昼過ぎまで。午後3時、家を出て、海老名へ。5時から結婚式、披露宴。よっちゃんの旦那さんは、バングラディシュのシェフ。ハンサムである。今度、旦那さんが里帰りする時、関口さんと一緒に、バングラデッシュにいく約束をする。

28日(水) 関口さん、ナージャ先生とACC事務所で待ち合わせ。車でサーカス村に。途中、高崎で入国管理事務所によって、先生の手続き。なんと待ち時間ゼロ。というか誰もいない。こんなの初めて。学校へ。夜、フクちゃんより電話。生徒の一人が、太田駅で過呼吸症で気分が悪くなり救急車で運ばれたとか。フクちゃんが病院に。でも異常なし。

29日(木) 午前中、学校。午後、シアターXの用事で、東京戻り。

30日(金) ACC事務所で打合せ。みな、夏はむちゃくちゃ忙しくなりそうだ。”コトバの海の砂浜にたどりついた”という夢?


★6月23日

23日(金) サッカーを見た。で、10時過ぎからサーカス学校へ。ヨシ君のマリオキャラクタージャグリングを再度やってもらう。まだ、学芸会なのだ。本人の意識の問題をどうすればいいのか、難しい問題だ。夏休み期間、地元の夏祭りの依頼があれこれあっててんやわんや。昼過ぎ、サーカス村を出る。シアターXから電話。ドイツ帰りの上田さんから、6時までにはシアターXに入らなければならず、ボロ車を飛ばす。

22日(木) 夏休み期間の大道芸の依頼が、地元の自治体、子ども会などから次々と舞い込んでいる。スケジュール調整に苦慮。久しぶりに国民宿舎の露天風呂に。梅雨とはいえ、陽がでる時間が少ないし、例年よりも涼しいようだ。


★6月21日

21日(水) 朝ホテルで三雲君と朝食。その後、少し休んで、10時前にホテルを出て、サーカス村に。学校で、ヨシ君のジャグリングを見る。ボロボロだ。

20日(火) 関東短期大学に、三雲いおり君と車で向かう。クラウンについての特別授業を昨年に引き続き、行なう。今回は、三雲君に参加してもらい、エチュードを一つやってもらい、その後にワークショップ。ぼくは少しだけ解説をする。夜、吉川先生、長沼先生と痛飲、カラオケのおまけ付き。

19日(月)  朝、犬山のセントラルホテルで、洋子さんと朝食を取りながら、打合せ。洋子さんはリトルへ。ぼくは東京に戻る。

18日(日) ケイさんのスタジオへ行き、ナマのパーカッションで参加してくれる、嶋田芳隆さんをみんなに紹介して、3時過ぎの新幹線で名古屋・犬山に。今日はキューバサーカスの最終公演。その後、打上げ。最終公演は見れないのだが、せめて打上げに参加したく、向かう。キューバサーカスは大好評のうちに幕。出演者にもスタッフにも、泣く人がでた。

17日(土) 9時30分、鎌倉の病院に。検査。特に異常なし。13時からケイさんのスタジオで稽古。後半が難しいとの声。もう一度、考えたほうがいいかもしれない。

16日(金) サーカス村から東京に戻る。事務所で桐生タイムスの”日めくり随筆5”を書いて、メール添付で送る。

15日(木) サーカス村での一日、なにやかやと雑用。

14日(水) 朝帰りで、明大前着が6時30分、それから寝て、2時にACCに。4時過ぎ、サーカス村に向かう。ヘロヘロだ。

13日(火) 神山君2日目。出来がぐんとよくなっている。作品として成り立っている。これは、あちこちで公演しなくては。打上げ後、カラオケ。朝まで付き合う。  


★6月13日

12日(月) シアターXでの神山一郎”玩具狂想曲”が初日を迎えた。開演ぎりぎりまでリハーサル、転換の詰めで、開演10分押し。10分押しといささか長すぎで、お客さんに不愉快な思いをさせてしまったが、公演はなかなかなものであった。お客にパフォーマーが多く、構えて見られたところがあるが、ひとりのクラウン(パントマイミスト)がオリジナリティ溢れる1時間以上の作品を創り上げ、舞台にかけたこと、しかもコンセプトのある作品だったことを、ぼくは高く評価したい。
最近のぼくがコンセプトというかテーマにこだわっているのは、そうしたものが希薄で、ただ楽しければいい、笑えればいいという次元の作品が多く、それは、ひとつの時代回避であると感じているからだ。そんなものでいいはずはないと、最近、つくづく感じているのだ。身勝手な生き方をせざる得ない状況に追いこんでいる、この時代の体制の論理、その行動に対して、ぼくらは怒りを露にしなければならないし、ぼくら自身の活動、表現行為のなかに、その想いがこめられていかないことには、正直、生きがいはないはずだ。神山君の作品には、脳内汚染による、バーチャル世界と現実世界を混同し、自己破壊へと突き進む、現代の若者の世界が描き出されていたと思う。それ自体、いささか救いのない世界ではあるが、描かれたその世界を見て、ぼくらは何かを感じることができるのではないか。
コンセプトの大切さを、ぼくはダンスの世界にも感じている。コンセプトを探しながら、あれこれの作品を見ていこうと思う。 


★6月12日

9日(金) 横浜・馬車道のバンカートのジャン・バティストの公演は、いろいろと考えさせられた。というよりも、彼自身がシャロンのサーカス学校で勉強した倒立を中心としたアクロバット技術と好きだというダンス(そのダンスはコンテンポラリー系のものであろうが。さて、コンテンポラリーダンスが彼にとってななにかということもあるが)を活用して、彼が考えているコンセプトに基づいた作品作りを行なっていること。それはなんだろうか、ということである。ある意味では、ヌゥーボー・シルクといわれるものの作品作りの方法論は、もちろんひとつではないが見えてきたところがある。となれば、問題はコンセプトということになる。

10日(土) ケイさんのスタジオで、ダンスの稽古。田楽の稽古に悲鳴をあげる人が出てきている。

11日(日) 事務所に出社して雑用を片付け、浜松に。鈴木可奈子さんのダンスを見にいく。”CAVE身体アート展”。彼女のダンスにはシアターXのIDTFに参加したときから気になっているというか、何かを感じているので、それを見届けたいという気持ちがある。いろいろ感じたことがある。それについては、もうすこし時間があるときに整理してみようと思う。


★6月9日

5日(月)  体験入学希望の増田君を乗せ、サーカス村に。先週と取り付けたETC、順調に可動。増田君、午後から練習に出る。ぼくは診療所に、犬にかまれた後の治療に。

6日(火)  朝9時30分からひろみ・篤のリハーサル。これでいいのかという出来。本人たちの問題だ。どうする?といった印象を持つ。

7日(水)  朝9時からひろみ・篤のリハーサル。上手くいかない。言われたことができない。午後、ラムカの吊り位置を変えて見たが、うまくいかない。前回の吊り位置に戻し、2本のワイヤーでラムカを吊る。これでしばらくは持つだろう。群馬テレビの再撮あり。

8日(木) 朝8時30分から、ひろみ・篤のリハーサル。どうしても上手く出来ない。彼らには、何が足りないのだろうか。10時過ぎに体験入学の増田君を乗せて、東京へ。とりあえず高畑保男さん宅によって、電動ドリルの返却。

9日(金) 入梅の東京。12、13日シアターXで公演する神山一郎の新作『玩具狂想曲』を見にきて欲しいと、多くの人にメールを打つ。とにかく昨夜のリハーサルを見て、これは多くの人に見てもらわなければならないと思ったからだ。約60通ほど。さて、何人来てくれるかな。この作品、全国展開してさらに海外へと送り出せたらいうことなしだ。今夜は、ジャン・バチストを横浜のバンカートに見にいくつもりだ。


★6月1日

5月29日(月) 10時30分、ACCの事務所を出て、サーカス村に。たびたび体験入学に来ている亜希子ちゃんが練習に。それにGWの時に京都から一緒に来た松本真理ちゃんが一所懸命、練習している。

30日(火) 今日は明日帰るスベータ先生の送別会なので、フクちゃんと買出しに。その前にセキチューによって、コンクリートに打ち込むアンカーを調べる。残念ながら、どのように打てば安全が確保できるか分からないので、とりあえずは諦める。やはり一度専門家に聞いてから、場合によってはプロに打ち込んでもらおう。
昼過ぎから、料理を作り始める。野菜のてんぷら、鯖のオーブン焼き、豚肉のしょうが焼き、海老のチリソース、なすのマーボ豆腐、野菜サラザ。生徒たちもマカロニサラダや海苔巻き、などなど。ナージャ先生もコーンとじゃがいものサラダを作ってきてくれる。なぜか白玉のデザートを作ってきた生徒もいた。最後は皆で花火大会。ぼくは関口さんと飲みつづけていたっけ。美味しい酒だった。

31日(水) 午前中、庭の草むしりをしてから学校へ。とにかく庭中雑草だ。学校、今日は自主トレ。スベータ先生を送りにナージャ先生もフクちゃん、篤君と一緒に空港にいったため。
12時半過ぎ、女房が友人の広瀬さん、新井さんを連れてサーカス学校見学に。ただ今日は自主トレなので、明日見てもらうことにして、今日は資料館でのんびりと。新井さんが送ってくださった温泉卵と宮崎産のとうもろこしを学校に。

6月1日(木) 10時過ぎ、学校に。昨日の差し入れに加えて、広瀬さんが持ってきてくださった羊羹、新井さんのせんべいを持ってゆく。午前中、見学して資料館にもどって昼食。その後、ぼくは学校に戻って、群馬テレビの取材に立ち会う。女房とお友達は東京に戻る。


★5月26日

22日(月) 血液の定期検査へ。相変わらず高い中性脂肪の数値にうんざり。結構、節制しているつもりなのだが。「平家女護島」の台本完成。

23日(火) 15:00、シアターXで、6月12,13日の神山一郎の「玩具狂想曲」の打合せに参加。引き続き、IDTF実行委員会会議。19:30から代々木の中華料理店で、GW期間の六本木ヒルズ・パフォーマンスの内輪のお疲れ会。
シルクールのスタッフのひとり、アリエラが、なんとスウェーデンから車で中央アジアを抜けて、カザフスタンからロシアに入り、シベリアを抜けて、ウラジオストック、それから北海道へ、3ヶ月をかけてやってきたとのことで、飲み会に参加。で、サーカス村に行きたいかを聞くと、もちろん、行きたいとのこと。

24日(水) 朝9時50分の特急りょうもう号で、赤城に向かう。アリエラ同行。日帰りで申し訳ないのだが、明日の予定あり。サーカス村へいかなければならないのは、群馬県広報課作成の番組に、サーカス村が取り上げられるとのことで、その打合せ。サーカス学校には4時間程度しかいられず、16時59分のりょうもう号で東京に舞い戻り、事務所に。

25日(木) 朝10時過ぎから水道橋で打合せ。その後、一度出社して、車で明大前に。17時から、シアターXで、大きな幕を張る。というのは、「平家女護島」で使う背景幕で、その色合いを確かめる。灰色に染めたものだが、これがなかなかよい。これで、いけるなと実感。

26日(金) 沖縄からもどって作成していたサーカス村会報の発送を一日がかりで終了。今日はダンスの稽古なし。明日、完成台本を持っていけるぞ。沖縄から帰って一週間があっという間に過ぎてしまった。


★5月19日

5月14日(日) 朝8時過ぎ、家をでる。雨が振っているので、駅まで車で送ってもらい、羽田に。今日から4泊5日の沖縄旅行。3年前に宮古島に移り住んだ辻さんご夫婦から再三、宮古に来るようにお誘いを受けながらもいけないでいたが、なんとなくスケジュール調整が出来たのと、沖縄で、国際児童青少年演劇フェステイバルを行なっている下山久さんという方にお会いしたいと思っていたところ、宜野湾市に住んでいる、古い友人の大城弘明さんのご紹介で彼に会うことができるということになり、では、このチャンスにと決心したのだ。もうひとつ、大きな理由は、沖縄でなにかACCあるいはサーカス村がらみでできないかという思いもある。
時間をかけて、沖縄の何かつかみたい、そんな気分もある。丁度、この日は、沖縄返還34週年記念日であるし、沖縄の基地問題、米軍と自衛隊との共同訓練など、このところの日本のありようはかなりきな臭くなっている。やはり問題のひとつは沖縄にある。そのあたりを自分なりに感じてみたいという思いも。
それにしても沖縄は昨日、入梅。まあ、この時期、沖縄に行こうというのだから、雨は覚悟の上ということになると思いつつ、那覇についてみると、曇り空。まずは好調なすべりだし。
那覇空港に大城さんが出迎えに来てくれた。昼食をとった後、早速、下山氏にお会いする。下山氏もなにかで私のことを知ってくださっており、いろいろと話はスムーズに。今すぐ、なにかを共同で出来るというのではないが、道は開けそうだ。その後、沖縄市民小劇場・あしびなーに。あしびなーとは、漢字で書けば、遊庭ということになるとか。なかなかいい劇場名ではないか。ここで真境名英美という、沖縄舞踊・真境名本流の師範の踊りのリハーサルを見せてもらう。手さばき、足
さばき、からだの仕草、どれをとっても美しい、沖縄の古典舞踊。
夜、大城家で食事。大城さんの娘さん、涼子さんがボーイフレンドを連れて参加。そのボーイフレンド・タカユキ君は、、旗頭という、大綱引きの時、大きく、長い応援旗を指すという、かっこいい若者でした。うーん、なんというか、彼らの旗差しをどこかで見せたいなと思う。涼子さんは、首里城の調査に関っていて、論文を書いたりするインテリなのだ。 15日(月) 大城さんと車で、市内を走る。まず那覇新港に行き、今晩乗る予定のクルーズ船”飛龍”のチケット購入。クルーズ船とはどういうものか知りたいので、飛行機で宮古に行くのではなく船を選んだのだ。夕方8時に出航して明日に朝4時15分着なので、辻さんには迷惑をかけることになるのだが、ここはわがまま。わがままであり、もうひとつは自分なりの旅の仕方をという気持ちもある。埋め立て住宅開発地域、アウトレットのショッピングエリアなど見て、沖縄の豆腐の定食で昼ごはんを一緒に食べ、その後、沖縄タイムスにちょっと寄った後、大城さんと別れて、独り国際通りまで歩き、店を診て回る。宮古へいくので、ここでは買い物をひかえる。那覇市伝統工芸館を覗く。特別展示室には金城次郎さんが陶器を作っている写真があった。喫茶店で少しばかり休憩し、町を探索しながら、那覇新港に歩いていく。新港につく直前から霧雨。入梅の沖縄、雨がふっても不思議はないのだ。
7時50分乗船。クルーズ船というので、どこか絢爛豪華とまでもいかなくても、ゴージャスな部分があるかとおもったが、船内のお店、レストランやバーはクローズ。食事も出航してから1時間だけとのこと。どうやらクルーズ船がその役割を十分果たせるほどのお客がいないということであった。船上で、豪華な夕食をという夢はあっさり砕かれる。ここでも豚肉の豆腐の汁定食、残念。部屋に戻って早々とベッドにもぐりこむ。

16日(火) 朝4時15分。宮古島・平良港に。辻さんが奥さんと迎えに来てくれる。早速辻宅に。あまり朝早いので、少し寝てからということで、ひと寝入り。9時過ぎに起きると、なんとピーカンの空ではないか。では早速、海にということで、宮古島の東に位置する吉野海岸に。さんご礁の海、小さい魚いっぱい。もちろんそこそこ大きな魚も。丸いグリーン色のソフトボールぐらいの大きさのさんごが一個。貝を拾い、海岸に打ち上げられている、変わった形のさんごを拾う。3回もシュノーケルをつけて、さんご礁、魚を見に海に入ってしまった。 

17日(水) 台風1号がもたもたしているので、風は強いが、なぜか晴れ。悪運が強いねとからかわれる。今日は伊良部島で泳ごうと出かける。だが風が強く、波が出ている。無理して泳ぐこともないので、伊良部島、下地島の観光。それにしてもなんときれいな海の色だろう。マリンブルーと一言で言えばそれまでだが、見たこともないブルー、見たこともない明るいグリーンの色。それらの色がさまざまに帯状になって広がり、しかも場所を変えることによってその色が変わって見える。岩礁に打ち寄せる波、岩礁に立ち上がる白い波、その大きさ。
下地島では、3千メートルのほとんど使われていない滑走路を見る。20年ほど前に出来たらしいが、いまや民間パイロットの訓練場とか。ここを自衛隊に使ってくれと馬鹿なことを防衛庁に陳情した町の議員がいたという話。村民の猛反対で立ち消えになったというが、島に金が欲しいのはわかるが、自衛隊を引き込んだらどうなるか。たちまち、日米の基地になってしまうことだろう。見たいと思っていた宮古馬を見ることができた。小さい馬だ。サトウキビの畑、タバコの畑、赤い土、、、。キューバとよく似ている。
金城次郎さんの弟・金城敏徳さんの息子・金城敏信さんが宮古に移って、「宮古島壷屋焼」の窯を開いているというので、そこにも連れて行ってもらう。
夜は辻さんが作ったラフティ(豚肉の煮込み)をご馳走になり、沖縄の大城さんがお土産にと分けてくれた泡盛・瑞泉の18年物を飲む。

18日(木) 朝起きて、6階のベランダから外を見ると、今日もピーカンというか、雲はあるが青空が広がっている。本当に悪運が強いのかもしれない。今日は、多分荒れていないだろうということで、16日に泳いだ宮古島の東海岸、吉野海岸の少しばかり北よりの新城海岸へ。これが波が静か。で、さんご礁、魚を求めて再びシュノーケルをつける。地元の人がリーフまで行けば、素敵な貝がとれるというので挑戦しようと途中まで頑張ったが、うーん、まだまだ距離があると途中で諦める。海蛇君にであってしまったというのもあるが。とにかく5年間海に入っていないし、無理は禁物と自分に言い聞かせる。まあ、今後の楽しみに取っておこう。お土産屋、宮古銀座を車で案内してもらい、辻家に。6時30分飛行場に。東京に戻る。飛行機の窓から夕日に染まった真っ赤な海が見えた。こんな光景の出会ったのは初めてだ。コバルトブルー、マリンブルーの海といい、今回は、サイコーの景色をいくつも見せてもらった。サイコーの旅。

19日(金) 久しぶりの出社。昨夜寝たのが2時近かったので、朝起きれるかなと思ったが、6時30分には目が覚めてしまった。ぴちゃぴちゃと雨だれの音。昨日までの宮古の青い空と海とはまったく別の世界にいるようである。9時過ぎにACCの事務所出社の予定だったが、鍵を事務所に忘れているのを思い出し、近くの喫茶店で時間をつぶす。10時少し前に事務所の前に。しばらくして大島君が見える。机に座ってパソコンを開く。ゴミメール300通。沖縄の旅の整理。電話、手紙、ファックスなど。
2時に事務所を出て、青山のフロラシオン青山に。シアターXのIDTFの”平成の田楽”に出演してくださる若松美黄先生が、松山バレエ団の第16回目の三賞のひとつ教育賞を授賞され、その顕彰式に招かれていたので、シアターXの上田さん、ダンサーのケイ・タケイさんと出席。


★5月10日

5月9日(火) 昨夜はシアターXで「美しの水」というミュージカル風芝居を見る。一部は清盛と義朝が後白河上皇をめぐって、お互い知恵比べというか、それぞれが自分の味方に取り込もうとする筋立て。でチャンチャンバラバラの殺陣ふんだん。踊りありで、みんなえらくエネルギッシュに動き回るというもの。劇画的作品で、みんな元気でいいなという印象。で、一部をみて劇場を出てしまった。ごめんなさい。
今日は、アテネフランセ文化センターで、足立正生脚本・監督の「幽閉者(テロリスト)」の初号試写会に。沢山の懐 かしい顔が客席にもスクリーンにも。完成打上げ会には出ずに、新宿で独り飲む。映画の感想は「資料メモ」に。
”しの”で、岩淵君に会う。何年ぶりだろうか。相変わらず、大声で話していた。一緒にいた初対面の黒川君。星野君や藤村君の同僚というか、大道具、舞監仲間だ。つい、気持ちよく飲んでしまう。


★5月8日

5月2日(火) 朝7時30分にサーカス村を出発。京都に、車3台で向かう。先頭は関口事務局長の運転するマークUのバン、真ん中に香山ひろみのスバル軽バン、最後尾が、真志の運転するハイエースという隊列。関口さんの車にはナージャ先生と息子のサーシャ、それにスベータ先生。ひろみの車には篤。ハイエースにはぼく、英祐、真志、一馬、七奈の5名で、合計11名。北関東道、関越、上信越、中央道、名神高速を通って、京都南インターのひとつ先の犬山崎で降り、長岡京市のシティホテルに。4時30分着。

3日(水) 朝8時30分、ホテルを出て、関西文化学術研究都市の一角にある「私のしごと館」に。ここは独立行政法  人雇用・能力開発機構が運営する、子どもの頃から仕事とはどんなものがあるか、自分に向いた仕事は?、それを探す・体験してみるための、仕事の図書館のような、あるいは仕事のテーマパークといったところで、ここで。2日間に渉って、サーカスショー、ワークショップ、それにサーカス学校の紹介を少ししゃべらせてもらうという催し。会場  は建物の中で、ホールではない、いわば、大きなイベント会場のようなところ。でも天井までは、6メートル強あるので、篤の額でポールを支え、その先のケースにボールを投げ入れるアクトも、彼が膝をついて演技することは可能だった。サーカス村の監査役をお願いしている篠田匡世、長平洋両氏はじめ、今回の仕事を世話してくれた、京都CDIの河合さん、豆村ひとみさんなどなど。観客も椅子を追加するほど来てくれた。

4日(木) 「しごと館」の2日目。観客は昨日より多く、椅子の前の床に、子どもたちが2列ほど並ぶほどの大盛況。サーカス学校解説のしゃべりを関口さんにお願いする。とりあえず、今回の主目的の仕事を無事にこなして、ほっという感じ。英祐がくたびれたを連発していたが、それだけ一所懸命だったということだろう。先輩としての自覚もあるのだろう。いいことである。北九州大道芸フェステイバル参加の、Ja・るーかの上坂・アップーグループも無事に公演をすませたと連絡が入る。

5日(金) 朝8時30分出発。京都市内・円山公園音楽堂へ。この日は1時、2時、3時と連続のサーカス学校大道芸バージョン。お客は毎回5,60名ぐらいだったが、暖かな拍手。投げ銭もかなりいただく。最大の収穫は、篤が始めてジャグリングの失敗なしの出来。
松江から松本真理ちゃんが母親と一緒に会場に。このまま、みんなと一緒に、サーカス村に。新入生である。夜、アクティブ・KEIの伊藤めぐみさんのお世話で、みんなで楽しく食事。そのあと、伊藤さん、先生、関口さんとウオッカバーに。
「いきいき埼玉」で公演のフクちゃん、さやか、Ja・るーか、ともらの公演はどうなったのだろうか。上坂君に電話する。一回目はまあまあ、二回目は成功との情報。

6日(土) 7時出発。犬山のリトルワールドに向かう。リトル着10時10分。11時のキューバサーカスの公演に間に合う。公演後直ちに、サーカス村帰路に着く。帰りはバラバラでいこうということになる。ところがハイエースが軽井沢を通過したころ、篤から携帯に電話で、ひろみカーが動かなくなったとのこと。JFに頼んだということなので、こちらはサーカス村にそのまま向かう。
ひろみカーはJFの力では直らず、牽引してもらい、スバルの工場に。ひろみの長野の実家が割と近くなので、家の人に迎えに来てもらう。
工場でもすぐになおらないということで、フクちゃんに名古屋まで迎えに行ってもることになる。
ぼくは7時にサーカス村を出て、東京に。会社の駐車場に車を置いて、自宅に。11時帰宅。

7日(日) おふくろの米寿のお祝いというこので、姉一家、我が家の家族らが葉山の実家に。

8日(月) 9時出社。京都ツアーの精算、請求書作りなど、雑用の一日。


★4月30日

4月30日(日) 朝10時30分出社。雑用をこなして、とりあえずシアターXに。来年のフール祭の期間を確認し、「平家女護島 」のちらし原稿を書いて、その後、床屋さんに。ぼくの場合、やはり床屋さんだ。バーバーでもなく、理髪店でもない。事務所に戻りと、哉ちゃんが仕事中。そこへ洋子さんが。森美術館の招待状をもらってきてくれたので、行くことにする。”東京ーベルリン ベルリンー東京展”、行きたいと思いつつ、つい、のびのびに。ここで飛び込まないと思い、六本木へ向かう。いってよかった。それにしても、1960年頃までの美術、芸術、文化運動に惹かれるものの、それ以降は、なぜか余り魅力を感じない。もう少し、勉強しないと。
7時過ぎ、六本木の公演に来ているフランスのジュロ、オーストリアの彫刻パフォーマーのミリアム、洋子さんと食事。ジュロとはカンボジア行きの相談。 10時過ぎに分かれて、明大前に。今夜は南林間に帰っていると、明日、サーカス村に行くのが遅くなるので、明大前泊。関根サーカスが再興して、公演初日を迎えた夢を見た。なぜか石井好子さんがアカペラで歌い、客席には芦原多摩子夫人がいて、既に20年ほど前に亡くなった松本先生が観光会社の営業マンになって登場した、そのほかにも懐かしい人々がいろいろ出てきていた。

5月1日(月) 7時前に事務所に。車でサーカス村に向かう。10時過ぎ、サーカス村に到着。京都行きの資料を作って、1時過ぎに学校に。2時からリハーサル。出発の準備をして、6時に国民宿舎の風呂に。


★4月27日

25日(火) 昼過ぎ、ACCを出て、サーカス村に。大間々のさくらモールによって、4月29,30日、5月の3,4日の店内イベントの打合せ。11時30分から16時30分まで、目いっぱいのスケジュールを組む。1チーム回のハードスケジュールだが、サーカス学校の生徒たちには勉強にもなるので、頑張ってもらいたいと思う。さくらモールの食品売り場で、3日分の食料を買い込む。 なまの鯖が安かったので、一本買う。味噌煮にするか生姜醤油で煮るか、どっちがいいか。資料館に着いたのが6時近かったので、今日はサーカス学校へ行かない旨、連絡を取る。

26日(水) 庭の竹を切ったりして庭いじり。庭いじりといっても、雑草の中に資料館が立っているようなものだから、庭いじりは終わることがない。庭の片隅に、鉢植えだったどんぐりの木を移す。鉢植えでかわいそうだと何年も思っていたのをやっと移し変えることができた。弁当を作って、サーカス学校へ。生徒は全員練習している。
午後2時から、京都での公演のリハーサル。後は倉庫代わりの教室のガラクタ片付け。卒業生がおいていったものがいろいろ残っている。小道具の作り損ねたものとか、使わなくなった道具類がゴロゴロしている。練習終了後、国民宿舎の露天風呂に。夜、「上州文化」の原稿を書く。

27日(木) 朝、小雨。フクちゃんに色づけしてもらった布を昨夜もって帰ったのだが、それが大きなバックに入るか試みる。最初は無理だったが、きつく縛りなおして試みたら、なんとか入った。IDTFで使うつもり。今日も弁当を作る。スパゲッティだ。
学校へ行き、庭の小さな池の排水路のゴミとり。排水路のゴミを取り除いても水が減らない。排水口は見つからない。池の周囲の雑草、落ち葉をきれいに掃除しなことには、その排水口を見つけるのは無理なようだ。午後再度リハーサル。3時過ぎ、群馬県の広報課の女性が見える。群馬にあった3つの東村が市町村合併でみな無くなるので、その3つの地域を取り上げたテレビ番組をつくるとかで、その取材に。夜、雨降り続く。


  
★4月24日

18日(火) サーカス村に移動。前橋のファミリーサポートセンターにより、10月のサーカス学校の公演の打合せ。会場が使用中だったので、もう一度、見に来る必要あり。3時サーカス学校に到着。日曜日(16日)、直君にトラックで運んでもらった、可動式のゆり綱のセットが出来上がっている。大道芸の大ちゃんがプレゼントしてくれたもの。大ちゃん自身が日曜日、直君と一緒にサーカス村まで来てくれて、セットしてくれたものだ。

19日(水) サーカス学校でみんなの練習をみる。5月の連休での公演に備えて、みんな懸命の練習を続けている。まだ不十分な生徒もちらほら。というか、形を決めて、それを完全なものにして、お客さんに見せるということが、実感できていないということでもある。それではまずいのだが、なかなかそのことに気づかないものである。
倉庫代わりに使っているひとつの教室がゴミの山とかしているので、その片付け。だがなかなか片付かない。フクちゃんに、シアターXのIDTFで使おうと思っている、以前に使った布を探してもらう。

20日(木) 連休のショーのリハーサル。ゴミ片付け。”終日ごくろうさん”といった気分。昨夜、フクちゃんに、灰色のペイント溶液に布を浸けこんでももらう。

21日(金) 東京に戻る。

22日(土) 9時30分。よこはま大道芸の会場へ。マールイサーカス・ソウリと称して、サーカス学校の香山ひろみと高村篤が出演するので、その現場に。一応の準備が終わったところで、大島君に頼ん  で、ACCの事務所経由で、ケイ・タケイさんのスタジオへ。今日はダンスのメンバーが全員揃うので、気合が入る。ところがエンザブローさんの車が駐車所で烈しく当て逃げされ、ザブロウーさんは一度見えてそのまま消えざるを得ず。それでも、他のメンバーが揃ったので、いい稽古が出来る。

23日(日) よこはま大道芸の会場に。マールイサーカスを見る。うーん、まだまだというか、勉強不足だなと思う。まあ、これは学校に帰ってから、あれこれ指摘しなければならないだろう。
MMのランドマークの1Fで、森田智博が参加しているジャグリングショーを見る。こちらはなかなかなものなのだが、いかにもアート的に演出しているところ、パフォーマーがナルティスティクすぎるところが、ちょっと、ぼくの好みからずれる。変にアートぽくなりすぎるのも考えものである。それと彼らの次のステージは、より個人的な世界の構築だが、そのためにはジャグリングのスキル以外の勉強が必要になってくるのではないか。この世界に対して、どのような認識を持つかということでもある。打上げには参加せず。雑用が多く、帰宅する。

24日(月) 10時、シアターXに。やっと、ダンスのタイトルが決まる。
     へいせいの田楽『平家女護島』をかぶく
         踊る俊寛,清盛と女たち

23日の夜、ウンウンうなって、現代浄瑠璃の部分を、現代田楽としていたのだが、それが、へいせいの田楽となって、ますます、そのイメージが明確になった気がする。22日の練習で、ひとつつかめているので、これでもう力強く、演出するというか、ドンドン注文をだして作っていこうと思う。
その他に、これはまだ孵化していないイメージだが、IDTF番外編の企画を考えようかと思ったり。


★4月14日

10日(月) シアターX・IDTFの公募作品実技審査、午後4時から9時過ぎまで。3時にシアターX。6月の神山一郎君のソロ公演”玩具狂想曲”のチラシ確認、打合せスケジュールなど。審査後、久しぶりに吾郎ちゃんの店に。明大前泊。

11日(火) 今日は事務所の留守番。一日、事務所仕事。サーカス村の会報発準備。日原君に来てもらい、平家女護島の語り、縄文琴の演奏依頼。

12日(水) 朝8時前、家を出てリトルワールドに向かう。雨がすごい。新幹線の中、藤沢周平著『闇の傀儡師』を読み続ける。でもこの傀儡師は、本当の傀儡子の話ではない。時代小説にさまざまに出てくる傀儡子の姿をあれこれ読みたいなと思いつつ、この小説も読み始めている。
到着した名古屋は雨なし。名古屋駅近く、京都方向に向かって左側に木下サーカスの真っ赤なテントが目に入る。時間があれば覗いて帰りたいのだが、まず、無理だろう。 リトルには、12時ごろ到着。13時30分のショーを見る。やはりキューバサーカスはいい。みんなが踊りながら演技をする。その踊りも身体全体が跳ねているようで、実に生命力を溢れている。ショーの後早速新しく参加するサニーの吊り輪の取り付けを開始。途中で、リーダーのへクターが今日はここまでにして明日にするというから、それはダメ、今日中に完成しろという。実は、この日、犬山のボランティアの人たちが接待してくれているので、それに早く行きたいのだ。ここで、OKを出してしまうと、明日また時間が押すのは明確。南米の人々の”アスターマニャーナ”の世界である。で、完成しても、時間は十分あった。夜、リトルの人たちと、ちらりと呑む。
大島・辻両君、無事、ウズベキスタンから帰国。

13日(木) 朝8時30分にホテルを出て、犬山駅ビルにロッテリアで朝食を済ませ、9時30分のバスでリトルワールドに向かう。何人かキューバサーカスのメンバーも同じ時刻のバスに。今日はサニーが初めて吊り輪の演技を行なうのでそれを見てから、東京に戻るつもりだ。11時30分ショー開始。サニーの吊り輪、なかなか魅力的だ。ただ化粧がちょっと濃いすぎるが、、、。肌が黒いのでどうしても派手にメイクしてしまうのだろう。昼食をリトルの川本、榊原両氏ととって、その後、犬山駅に向かう。東京に5時着。新幹線の中で『闇に傀儡師』下巻読了。辻君に川崎駅まで来てもらい、二人でクラブチッタに打合せに。ベルギーのコンテンポラリーサーカス”フェリア”を何とかチッタでやりたいので、会場で、フェリアの吊りもの、トラスが設置できるかの確認。何回か確認作業を行なう必要があるだろう。川崎から南林間の自宅に戻る。

14日(金) 朝から大忙しで事務処理。5月連休の京都行きのホテルの予約確認などなど。3時、札幌コンカリョーニの斉藤ちづさん見える。コンカリョー二での山本光洋さんの公演日決定。これで6月はシアターXで神山君の公演、札幌では7月に光洋さんと。クラウン1時間ものの公演が少しずつ実を結び始める。全国で年間何本かの公演が出来るようになれば、新しいムーブメントになってゆくのではないかと思う。


★4月5日

3日(月) 体験入学の3名を車に乗せ、サーカス村へ。今日は、新しい先生・スベトラーナさんが来日。空港にはフクちゃん、篤、それにナージャ先生が迎えに。ACCからも大島君にいってもらう。
ぼくらは3時少し前にサーカス学校に。先生らは4時過ぎ、学校に到着。みんなにスベトラーナ(スベーラ)先生を紹介。この日は、サンライクの露天風呂に入ってもらう。体験入学の3名も。

4日(火) 午前中、スベーラ先生が持ってきてくれたラムカ(空中の道具)の取り付けのため、まず、バスケットボールの金具の取りはずしから始める。ラムカは下方向にワイヤーを引き、アンカーを取らなければならず、その方法が今ひとつ決まらない。とりあえずラムカを吊り上げたところでストップ。
午後。フクちゃんとジャッキーなどの工具と、今夜のスベータ先生歓迎会の食料を買いにいく。
おすし、とんかつ、マーボー豆腐、野菜サラダ、大根・人参の煮付けを作る。なにしろ18人分なので、大変である。おすしは先生たちのためと、余り沢山は握らないことにする。

5日(水) 朝、体験入学の2名を神戸駅に送る。そのあと、サーカス学校に。サーカス村の会員でもある、地元の高畑さんに、アンカーのフックをどのようにとりつけたらいいか相談する。体育館の両壁にむき出しになっている鉄柱がU字鋼のような形になっているので、その羽の部分に穴をあけ、そこに6ミリほどのU字の鉄骨をはめ込むことにする。高畑さんがドリルで鉄鋼に穴を開けてくれる。大助かりである。


★4月3日

3月29日(水) 西宮市から体験入学に来た来住君を乗せ、サーカス村に。学校に着くと、入れ違いにフクちゃんら4名、群馬中央総合病院に向かう。病院で患者さん向けに小さなショーを提供。来住君をみんなに紹介し、資料館に。夕方、学校に戻り、来住君と篤君をのせて、まず、篤君の下宿に。湯沸かし器が凍結で破損。修理可能かチェック。その後、サンレイクの風呂に。夕食は、ぶりの焼いたの、山芋すり下ろし、アブラナの辛し和え、マーボ豆腐、スープ。

30日(木) 朝食後、まず、篤君の下宿に。水道管と湯沸し器の間のストッパー替わりになる蛇口を取り付ける。ねじの部分にまきつけるテープがないので、水漏れする。ただこれで応急処理は出来るのがわかったので、あとはテープを購入、フクちゃんに作業してもらおう。10時、やはり体験入学希望の鶴君がご両親と学校に。早速、練習に参加してもらう。今日、智春一家の引っ越し。午前中に片付けてもらいたかったが、結局、夕方までかかり、ここを新しくくる先生の宿舎にしたい、その準備はなにも出来ず。今晩、資料館宿泊は、体験入学者の2名。夕食は、ニラレバー、アブラナ・たまねぎ・にんじんなど野菜炒め、スパゲッティ。

31日(金) とりあえず、テーブル、小物など、スベトラーナ先生用の道具の一部を運ぶ。フクちゃんを起し、学校車で資料館に戻り、ベッドなどを運ぶ。部屋を掃除し、ベッドの整理。皆と別れて、フクちゃんと一緒に、スーパーの。スベトラーナ先生の食料などを購入。フクちゃんと別れて、東京に向かう。4時30分、東京着。7時、豪徳寺に。平家護島の稽古。

4月1日(土) 朝9時、日本橋プラザ(銀座高島屋の向かい)へいく。今日は、ここの日八商店街のさくら祭り。サーカス学校の生徒4人参加。一応の準備を整え、豪徳寺に。ダンスの稽古。その後、サーカス学校を覗いてみたいという、劇作家にお会いする。

2日(日) 自宅で資料整理。雑技の演目、一応の整理が終わる。但し、これはほんのベースにしかならない。

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